カイトがオーリンからの依頼に出立する日。後に一つになる物語は、ここで一度、幾つかに分かれる事になる。まずは当然だが、オーリンを通したシャムロックからの依頼で皇国で自らの恋人の力が悪用されていないか調査に出掛ける事になった、カイトだった。

「ティナ。とりあえず、扱いはバイクと一緒で良いんだな?」

「うむ。まあ、お主好みに大型バイクに仕立てておいたし、軽機関銃型の魔砲等、いくつかの武装を仕込んでもおる。オフロードバイクまではいかぬが、機体下部に飛翔機も密かに取り付けておるから、それ相応に悪路も走れる様にはしておる。最悪は飛翔する事も出来る」

カイトは出発直前、公爵邸の地下にある研究所を訪れていた。理由は簡単で、今回の調査の為の足を手に入れる為、だった。それは大型バイクの様に見えた。

まあ、それもそのはずで、ティナがバイクを原案として魔道具としてリメイクしたのが、この魔導バイクとでも言うべき品物、だった。

ベースは黒色――魔術を使えば変更は容易――で、バイクなので当然2輪だ。燃料は魔道具なので当然魔力だが、搭乗者の魔力では無く自然界に満ちる魔力をベースとして使う事にしていた。

楽に移動する為の物なのに、疲れてしまっては意味がないだろう。とは言え、一応緊急事態にはニトロの要領で自らの魔力を使って急加速も出来るようにはしてあった。

「いっそ車輪無くして飛翔機での飛翔でも良いんだろうがな……」

「燃費が悪化するのう……」

カイトの言葉に、ティナがため息を吐いた。車体を空に浮かせるとなると、その分、消費する魔力は一気に増大する。そうなってくると、流石にもはや自然界に満ち溢れる魔力だけでは少々足りなくなってしまうのである。

無造作に吸収するつもりならなんとでもなるだろうが、それは世界が荒廃する原因になりかねない。よほどの緊急事態でも無い限り、そんな事は推奨もされないし、採用もされないのであった。

「まあ、とりあえず……今更何か言う必要も無いじゃろうが、あまりバレん様にするんじゃぞ。そのバイクは当然じゃが、こんな世界では違和感ありまくりじゃ。仕事の特性上、悪目立ちは避けたい、じゃろうからな」

「ああ……一葉、何時でも介入出来る様に、飛空艇と魔導殻の準備は整えておいてくれ」

「御命令のままに(イエス・マイロード)」

カイトの言葉を受けて、一葉が頭を下げる。今回、敵の概要は掴めていない。と言うより、敵が居るのかさえ、わかっていない。

もしもこれが万が一シャルの目覚めによる副次的な物であるのなら、それで良い。だが、もし万が一、これが人為的に為されたのなら、話は変わってくる。

神の力を使って、何らかの事をなそうとしているのだ。敵の内情を探る必要もあったし、万が一の場合には、大規模な戦闘になる可能性もあり得る。となると、調査は極秘裏に、そして、少人数で行うのが、上策だった。

なので移動はバレにくく車よりも行動範囲が広いバイクを選んだわけだ。流石に急な決定なので、バイクは一両しか用意出来なかった上、あまりバイクが集団で動いても悪目立ちする、とカイトとユリィのふたり旅、となったのであった。

とは言え、一葉達は本来はカイトの護衛、だ。いざと言う場合に備えて即座に介入出来る手はずは整えておいた、というわけである。

「シア。改めて言う必要も無いだろうが、最悪はウチの馬鹿共と近衛兵団が介入する事になっている。その場合、総指揮はメルに一任される。馬鹿共に指示は要らんが、補佐は任せた。介入が決まった時点で、オレとティナは確定で最前線か敵の中枢で大立ち回り、だからな。指揮は流石に出来ん」

「お父様から聞いているわ」

一応、カイトや一葉達だけで片付かない問題とは思っていない。だが、万が一はあり得る。そもそも、そうなる可能性がったため、皇帝レオンハルトには奏上しておいたのだ。というわけで、見送りに来たシアにはそれを言い含めておいたのであった。

「にしても……変わった乗り……物……?」

「バイク、ってやつだ。まあ、地球でのオレのメインの足、だな。少人数で行動する時には、これが便利だ。積載量は無いがな」

「ふーん……それで、それをどうやって上に持っていくわけ?」

「ん? ああ、そりゃ、簡単だ。普通に異空間の中に突っ込んで、それで持ち運ぶ」

カイトは言ったとおりに、バイクを自らの持つ異空間の中に格納する。当たり前だが、万が一これが誰かに鹵獲されれば大問題だ。それを考えれば、この手段は当然の判断、だった。なので、街の側に来た時には、この手段を使って隠すつもりだった。

「なるほど……一応、街中では使わないつもり、なのね。調査予定は?」

「ああ。流石に最長で調査は一ヶ月だし、行うのも何の目処も無し、じゃない。そこまで時間はかからないはずだ」

外へ向かいながら、カイトはシアに予定を伝える。これでももし何の痕跡も見付からなければ、その時は公爵家だけではなく、皇国として大規模な人員を動かすことになる。

カイトの神器を使っても何の痕跡も発見できず、となると、確実に誰かが悪意を持って隠蔽を施しているからだ。そして、神の力を使ってまで、何らかの事をなそうとしているのだ。油断は出来ない。

最悪は非常事態宣言さえも、考えられていた。シアは父、つまり皇帝レオンハルトと相談しながら、それに向けての準備を行う事になっていたのであった。そのため、カイトと定時連絡を取り合うのも、彼女になっていた。所謂、一種のオペレーターだと思えば良い。

「じゃあ、オレは一度冒険部に戻るが……ティナ、お前はこのまま研究所で研究続行で、シアは公爵邸で魔導鎧の改修作業の監督と皇国軍との連携の調整だったな?」

「うむ」

「ええ……椿は借りるわね」

カイトの問いかけに、二人が頷く。そうしてシアから投げかけられた言葉に、カイトも頷いた。事務的に見て、椿は有能だ。手を借りない道理は無かった。

そうして、カイトは二人と別れて、一度冒険部のギルドホームに戻る事にした。これから遠征なのだ。幾つかの連絡はしておかなければならないだろう。

「おーい! じゃあ、全員出発すんぞー!」

「ソラ隊長! 馬車来たっすよー!」

「おーう! じゃあ、準備出来た奴らから、順次乗り込んでってくれ!」

冒険部ギルドホームに戻ったカイトを出迎えたのは、多数の冒険者達、だった。ちなみに、ソラが隊長と呼ばれているのは、単なる気分だ。実際これから集団で出発する事になるので、その為でもあった。

まあ、全体的に若い――今ソラに声を掛けたのは、獣人の少女だった――のだから、気分とノリで動くのは仕方が無いだろう。

「ソラー! 食料積み込んだよー!」

「おっしゃ! りょうかーい!……って、お? カイト、まだ出てなかったのか?」

由利の言葉に返事を返したソラであったが、そこでカイトに気付いた様子だ。

「ああ。執務室にユリィがいるからな。今回は仕事の特性上、あいつしか連れて行けない」

「バイク、かー……なっつかしいよなー……何ヶ月か前にゃ、お前と二人でツーリングとか行ってたもんなー……と言うか、今更ながらに、お前あのめちゃくちゃでかいアメリカンバイク、何処で買ったんだ? あれ、後々調べりゃ非売品だ、ってネットで言ってたぞ」

「あー……ハリウッドの知り合いから貰った。グレッグ、って映画監督。某映画の備品だったらしいんだけど、予備だし使わないし、で次の映画の撮影の為に売ってくれたんだよ……正確には、売りつけられた、だけどな」

ソラの問いかけを受けて、カイトは地球で足にしているバイクについてを語る。当たり前だが、彼らはまだ18歳に到達していない。となると、法律上車の免許は取れないのだ。

しかし、そこは日本全土を動き回るカイトだ。そして同時に、転移術無しで移動しなければならない時はままある。となると、総合的に考えて、バイクを購入したのは当然の流れだった。と、そうして告げられた名前に、ソラが少しだけ、首を傾げる。聞いた事があるような名前だったのだ。

「グレッグ……グレッグ……ああ! あのグレッグ・スティーブン!?」

「そう、その偏屈ジジイ。知り合い……つーか、まあ、色々とあってな。知り合いだ……と、それはどうでも良い。で、お前はこれから出立か?」

「おう。ミナド村からの依頼だからな……結構大規模な遠征になる」

「遠征はまたあの村、か。まあ、今回は仕方が無い。ウチからの依頼だから、しっかり頼む」

カイトは出掛けしなのソラに、そう頼む。今回、ソラの依頼はミナド村からでは無く、公爵家からの依頼だった。前にソラが行っていた時からゴブリンが増えてきた報告は上がっていたのだが、再び増加の傾向が見受けられたらしい。大規模な群れになってしまう前に、掃討作戦と対処を行う事にしたのだ。

とは言え、これは敵が雑魚だし、数が数で、そしてカイトの状況が状況だ。公爵軍を動かすわけにもいかなかったので、最も最寄りで纏まって動ける冒険部に依頼した、というわけであった。

同時に、旭姫が命じて訓練結果を試させに行った、というのも大きい。なので今回はかなり前から依頼されていたことだったので、前回みたく竜車を使う必要も焦る必要も無かった。

「おう……って、そういやお前は何処に向かうんだ?」

「それが、まだわからん。外に出て確認、だな。もしかしたらミナド村に行く可能性も無きにしもかな、だが……」

「怖いこと言うなよ……」

少しいたずらっぽく告げたカイトの言葉に、ソラが顔を青ざめる。流石に勅令なので詳細は知らされていないが、カイトが来るということは即ち、自分達の近辺で何かやばい事がある、という事だったのだ。怖いことこの上無かった。と、そんな話をしていたソラに対して、声が掛けられた。

「たいちょー! 全員乗ったよー!」

「おっけー! じゃあ、すぐ行く!」

どうやら話している内に、ソラ以外の面々の乗り込みが完了していたらしい。そうして更に幾つかの伝達事項を伝えた後、ソラが手を上げた。

「じゃあ、俺はもう行くわ」

「ああ。じゃあ、頼んだ」

後ろを向いて自らも馬車に向かうソラに、カイトも片手を上げて見送る。そうして向かう先は、まずは地下で相変わらず鍛錬を行っている旭姫の下、だった。と、そうして地下の訓練場に入ると同時に、斬撃が飛んできた。

「ふっ」

「あ、先輩、ごめんなさい!」

どうやら、何らかの事故だったらしい。暦が大慌てに頭を下げる。まあ、そんな事故による不意の斬撃だったが、それは簡単にカイトによって防御されたが。

「入り口にだけは、気をつけろよ……っと、先生、出発が近いので、挨拶に来ました」

「おう。オレはまあ、残っておくが、仕事、きちんとやってこい」

「はい……まあ、残った面子の調整については、お任せします」

「おう……まあ、もし万が一馬鹿でかい戦いになりそうだったら、こいつら連れて介入する事にするよ」

旭姫は入り口から少し離れた中心部で訓練を行っている武蔵の弟子を指さしつつ、自らは平然と藤堂の剣撃を完全に無効化する。この程度は、彼女にとって朝飯前だった。そうして、返す刀で、旭姫は一気に藤堂の防御を押し切った。

「ほいっと」

「ぐぅ!……届かない……のか……」

ぎゅん、と飛んでいって地面に着地した藤堂が、膝を屈しながら苦々しい顔でつぶやく。まだまだ、遠かった。そんな藤堂に対して、旭姫が剣撃を放って寸止めで終わらせつつ、告げる。斬撃を途中で止める。こんな事は今の藤堂では不可能な技量だった。

「届いてもらっても困る。こっちは幾つも戦を駆け抜けてるんだから……それに、年季が違う。勝てる、と思ってもらったら困るな」

圧倒的。カイトさえも届かない馬鹿げた技量を持つ剣士の一人が、彼女だ。地獄の様な死地を駆け抜けたわけでもなく、歴史に名を残した剣士達の様に天賦の才能があるわけでもない少年が、たかだか10数年で彼女を本気にさせられるはずがなかった。

「相変わらず、ですね」

「この程度、じゃあな。まあ、ランクCも上位クラスには辿り着いているから、まあ、後1ヶ月追い込みを掛ければ、遺跡ぐらいでなら、使い物にはなるだろうけどな」

スパルタとも思える指導に自らが通った道を思い出して苦笑するしかないカイトに対して、旭姫がため息混じりに肩を竦める。

まあ確かに転移当初からすれば実力としては認められるのだが、経験値もそうだし、実力もそもそもの低さがあればこそ、に過ぎない。まだまだ、納得が出来ないのだろう。

「強くなるにはやっぱり厳しいですかね、今のご時世だと」

「……いや、お前が来た当時に比べればオレの居た時代も十分平和だったんだけどな」

カイトが苦笑して放った言葉に、旭姫は苦笑するしかない。彼女が転移させられた時代は皇国の建国騒乱の頃ではなかったし、そもそもが周囲と完全に隔絶された場所だったのだ。一応の騒乱に似た物はあったものの、それを除けば、至って平穏と言える場所だった。

それに対してカイトは、まさにエネシア大陸だけではなく、エネフィア全土が地獄の時代だ。有史上唯一の世界大戦だったのだ。今が平穏なのでは無く、カイトが来た当時が厳しすぎただけだ。

「あれが基準、ですからね。オレは」

「地獄が基準、ってのもどうかと思うけどな」

「天国を知らないと、地獄でも天国に思えるもんです。それに、オレにはかけがえのない仲間達が居た。地獄も存外、悪くはないですよ」

仲間が居たから。だから、耐えられた。そう語るカイトはまさに勇者の微笑みを有していた。あの時代だったからこそ、得られた絆がある。悪いだけとは、思っていなかった。それに、旭姫が笑った。自分との絆も、この中には含まれているのだろう。

「そう思えるのなら、良いんじゃないか? 一度地獄に放り込んでみるか?」

「やめておいてあげてください。地獄は地獄。生き残れる見込みは無いですよ」

「じゃあ、適度に、で諦めるか。じゃあ、免許皆伝はとっとと出てく。仕事、だろ?」

「はい、では」

旭姫が再び稽古に戻っていったのを見て、カイトもまた、再び来た道を帰って行く。そうして向かう先は当然、執務室だ。

「おーう、ユリィ。準備出来てるか?」

「あ、うん。できてるよ」

カイトが声を掛けると同時に、ユリィが小型化して、カイトの肩の上に座る。まあ、彼女の用意はカイトの用意と一緒に椿がしてくれていたのだ。武器が大丈夫か、程度しかなかったし、その武器にしても桔梗と撫子がやってくれている。問題はさほどなかった。

「桜、じゃあ、出かけるが、練習頑張れよ」

「あ、はい……あ……」

「先は長そうだな」

話しかけられた瞬間に途切れた糸に、カイトが笑いながら桜にそう告げる。この程度で切れてしまうのなら、確かにまだまだ、だった。

「瑞樹、魅衣。お前たちも気を付けてな……良し。じゃあ、行くか」

「うん!」

居残りの面子は、大して何かをするわけでもなく、何時も通りの通常営業だ。というわけでカイトは一応の忠告を残すと、執務室を後にして、出立する事にしたのだった。