とある縁から神社の前で起こっていた戦い。それを治めたカイトは、とりあえず最後まで事の成り行きを見守る事にした。そうして、事の終わりが始まったのは、泣き声が止まった頃だった。

「・・・明日」

争っていた片方の兵士が、もう片方へと背を向けて口を開いた。今は一時期的に抑えられているだけだ。見ればまた、殺したくなる。そんな感情が、背中からも理解出来た。

「明日は俺達が来る。お前らはこのまま行けよ。その代わり、明日は来るな。明後日はお前らが。その次は俺達が・・・兄貴は・・・兄貴はこんな事して欲しいなんて言う人じゃないんだ・・・だから・・・今は目の前から消えてくれ・・・それだけでいい・・・」

「・・・わかった・・・」

小さく、もう片方が応ずる。憎しみを捨てる事は出来ない。だがそれでも、カイトの想いに応じてここでだけは戦う意志を捨てる事にしたようだ。

そしてそうである以上、ここで鉢合わせて戦いたくはなかった。そうして、兄を失った方の兵士が、最後に背を向けたまま、カイトに告げる。

「誰かは知らない・・・けど、ありがとう・・・行こう」

「ああ・・・ありがとう。ソールを・・・俺達を止めてくれて」

口々にカイトに礼を言って、片方の国の兵士達が引き上げていく。誰もが悲しげで、それでも、幾分先程よりも晴れやかな顔つきだった。それは、ここに来てもう片方の兵士達と出会うまでに浮かべていた顔だった。そうして、最後に兵士の中でも一際年上の男が進んできた。

「・・・ありがとよ。どっかの兵士さん。俺にとっちゃあ、こいつらはガキも一緒だ。失わずに済んだ。情けねぇ話だが、どうすりゃ良いかわかんなかった・・・おい、そっちのあんた。あんたは、そっちのまとめ役で良いか?」

「ああ・・・言いたいことはわかった。今回は、こちらで使いの依頼を出そう。次回があるのなら、そちらで頼む」

「すまねぇな・・・じゃあな」

お互いの国の隊長格が話し合い、手短にどうすべきかを決める。折角、どこかのおせっかいが血が流れるのを止めてくれたのだ。お互いに幾度となく戦いを越えた者同士として、落とし所を知っていたのである。

「ラーベ・・・行くぞ。ドグラが待ってる」

「ああ・・・ありがとう」

もう片方の兵士が隊長格の男に支えられて立ち上がり、神社へと歩いていく。そうして彼が最後に告げたのは、同じように礼だ。

これが正しいのか間違っているのかは、彼にも誰にもわからない。だが、少なくとも堕ちなくて済んだ。友を殺さず、友に殺されずに済んだ。それだけは、感謝しても良いことだった。

「・・・はぁ・・・違うさ・・・」

2つに別れて去っていく2つの兵士達に、カイトが深く息を吐いた。そうして浮かべたのは、晴れやかな笑顔だ。

「こっちこそ、ありがとう。ここで戦わないでくれて・・・さ」

感謝するのは、自分の方。カイトは小さくそう告げる。小さくとも、たとえここだけであったとしても。彼らは自分達には無理だった可能性を示してくれたのだ。それだけでも、十分だった。そうして、そんなカイトの手に、そっとシャナが触れた。

「貴方の大空には、そういう意味があったのですね」

「・・・え?」

「ごめんなさい。もう知っているのでしょうけれど」

「あはは・・・しー。だろ、シャナ。ここに居るのはお前の兄。それを出しちゃ、ダメだろ」

カイトはシャナの告白を遮って、自らの唇に人差し指を当てる。お互い、ここでは別の立場で立っているのだ。本来の身分での事は厳禁だった。

「でも・・・」

「それに、謝るのはこっちだ。ごめん、汚い手で触れて」

「・・・いいえ。貴方の手を取れないのなら、私は女王を名乗る資格はない・・・貴方の手は、私の為に死んでいった、そして死んでいく兵士達の手。貴方の手が汚れているのなら、私も、その手を掴みましょう」

「・・・ありがとう」

何時ぞやとは逆にカイトの手を取ったシャナの言葉に、カイトが微笑む。そして同時に、彼女を守ろう、という決意をあらたにする。大大老達さえ居なければ、彼女は本当に幼くも慈悲深い良い女王として立てていただろう。だからこそ、守らねばならなかった。

「あらためて、誓おう。オレは貴方を守ろう・・・だから、安心しろ」

「はい」

「じゃあ、帰るか。怖いお姉さんが部屋に入ってたりすると、面倒だからな。タイミング見ないと」

「はい」

カイトの言葉を受けて、シャナが頷く。あと少しで、シャナであった時間は終わりだ。その代わりに、シャーナ女王としての時間が始まる。だが、シャナはその責務から逃げたいとは思わない。

いや、逃げたいと思っていても、逃げる事を許す事はしない。そうして、二人はハンナがお茶を入れに行った隙を見計らって、ホテルの自室へと戻るのだった。

それから、数時間。日も暮れた頃だ。シャナとしての時間を終えたシャーナ女王と共に、カイトはホテルの一室に居た。が、しているのはずっとハンナを監視していた月花から報告を聞く事だった。

『やはり、どこかと繋がっている様子ですね。ええ、繋がっていると思います』

「元老院以外のどこか、か・・・」

『『三重スパイ(トリプル・クロス)』に見せかけた元老院の『多重スパイ(マルチ・クロス)』の可能性もあり得ます』

カイトのつぶやきに、月花が応ずる。現状、彼女はシャーナ女王の動きを大大老に報告する監視役である様に見せかけた大大老達の動きを監視する元老院のスパイに見せかけた大大老達の元老院へのスパイ、というのがぱっと見の彼女だ。

ややっこしいが、基本的には大大老達の配下で間違いがなさそうに思える。が、そこで出て来るのが、時折彼女が連絡を取る謎の相手だ。

これをどう取るかによって、彼女の立ち位置が変わってくる。これの情報を得たい所であるが、残念ながらこれが何処かはわからない。会話に主語が殆ど出てこないのだ。

これが元老院であれば、彼女は素直に元老院のスパイだと見て良いだろう。だが同時に、更に別の組織の可能性も存在していた。そこがわからない限りは、どう動けば良いかわからない。

「千年王国で大大老達と対立していて有名といえば、議会を握る元老院なんだが・・・」

『燈火から聞いた話では政治体系は変わっていないはずですから、常に議会は大大老達と対立しているはずです。ええ、そのはずです』

「第三勢力、か・・・」

カイトはハンナとシャーナ女王に隠れて、おそらく更に密かに動いているだろう第三の勢力に思い馳せる。ハンナがその勢力のスパイであれば、今度はその勢力が味方かどうかを見極める必要があった。

千年王国は確かに裏から大大老達が操っているが、決して彼らに全ての権力が集まっているわけではない。千年王国というかエネフィアの大国はどこも似た政治体系で、王様を補佐する貴族議会と一般市民からの投票で選ばれる市民議会――言い方は各国で異なる――とでも言うべき2つの議会で成り立っている。

そのうち、千年王国では貴族議会は大大老達が牛耳っていると考えて良い。大大老達も元は貴族だ。そして、貴族は世襲制が多い。一族としての繋がりも強い。そこに強いコネを持っているのは必然だろう。

それに対して、千年王国の市民議会で権力を握っているのは、選出回数6回以上の議員のみで構成される元老院と呼ばれる上位の議会だ。ここは市民の支持をバックに、権力を握っている。

だが、今では元老院の大半が政治家一家という議員で構成されていて、ここも腐敗の温床になっていた。更には一部の議員は大大老達との繋がりも強く、基本的には半分に割れている様な状況だ。

「情報が必要か」

『ええ、そう思います。というよりも、それしかないです』

「ファナ」

『はいはい』

カイトの求めに応じて、褐色の美女が現れる。情報が必要ならば、手に入れるまで。折角便利な所に伝手があるのだ。使わない道理はない。

だが、流石にカイトは行くことが出来ないし、そんな便利な所を各国が見張らないはずがない。代理人や仲介人を通してアクセスするのは、当然だった。

「代理人に動いてもらおう。そろそろ、向こうでも状況は掴めているはずだ」

『りょーかい。妹に護衛言っとく?』

「頼む。まあ、オレからの使者だ、というのに害する事は無いと思うがな」

すでに少し前にアリサが述べたが、カイトの周辺を守る必要があるのは相手も一緒なのだ。害する事は無いだろう。とは言え、それとこれとは話が別だ。護衛を付けるのは当然だった。

『何て頼むの?』

「千年王国でクソジジイ共と元老院のクズ共以外で動いていそうな組織の概要を教えてくれ、って頼む。ついでにお使いに自分達の情報も貰っとけ、って」

『りょーかい』

カイトの伝言を受け取って、ファナが消える。彼女も獣人。しかも身体つきの分、速さや身のこなしならばルゥを超える。伝令には持って来いだった。

「さて・・・どう動くかね」

ファナが去って、カイトが改めて思考を纏め始める。考えるプランは、第三勢力がどんな勢力なのか、で異なる。なので2つのパターンを用意する必要があった。そうして、カイトはこの日の護衛任務を最後まで終えるのだった。

翌日の午後。日の暮れた頃だ。今日はシャーナ女王も出席する会議があり、カイトは会議場へと来ていた。とは言え、今日の会議の護衛は<<熾天の剣(してんのつるぎ)>>に一任されてカイトは立入禁止だった為、待機所にて待機だった。そんなカイトの元にファナが戻ってきていた。

『報告。色々あったけど、とりあえずはもーまんたい』

「あいさ」

『あらあら。相変わらず軽いですこと』

気軽に応じた二人に、ルゥが笑う。会議場にはルゥルが皇国のオブサーバーとして参加していた為、彼女が会場周辺の見張りについていたのである。鼻が利く神狼族なので、ルゥが居るとわかっても何も言わない事がわかっていたからだ。

『堅いのは月花の頭と胸だけ』

『まあ、そうですわね』

「あはは・・・っと。報告」

『はいはい』

カイトの求めを受けて、ファナが報告を開始する。と言っても彼女は又聞きの又聞きだ。彼女の妹がカイトの代理人を通して情報を受け取って、それを更にファナへと渡して、今に至るのであった。

「・・・なるほど。第三勢力は確かに存在する、と」

『うん。でもまだ数年前に動きが見えた組織らしくて、組織の概要は情報屋でも掴めていないって』

「へぇ・・・結構やり手だな。てめぇ奥さんが隣の宿屋の店主と寝てるぞ、ってリアルタイムで情報持ってこれる様な奴らなのに・・・」

報告された情報に、カイトは少し関心を持つ。情報屋ギルドは情報屋である以上、物品として情報を取り扱っている。そして情報は生鮮食品以上に鮮度が命だ。それ故、大抵の秘密結社の情報でも一週間も経たずに入手してくる。それに数年も隠し通せているのは、十分にやり手と言えたのである。

『笑い話が通じないぐらいには、すごい組織なんだってさー』

「ふぅむ・・・組織の長の断片も掴めてないのか?」

『さる御方。ある御方。とりあえず絶対に名前を呼ぶのだけは避けてるって。組織の幹部と思しき名前はいくつかあるけど、どっちもここには居ないって。リストもらったけど、見ておく?』

「頼む」

カイトはファナから提示された資料を読み込んで、更に別口で入手した会議の参加者のリストと照合していく。が、たしかに誰もこのレインガルドには入っていなかった。

「予想に反して、結構大規模かな・・・何が狙いだ・・・?」

『それはわからない、って。目立った動きはまだ見せていない所為で、組織の概要もつかめないんだ、だそう』

『でしょうね。相当、やり手ですこと。旦那様。おそらく彼らの狙いは・・・』

「一点突破、だろうな・・・」

カイトの目測は二人の目測でもあった。それ故、カイトの答えにルゥもファナも頷く。動きを見せない敵が動く時は、確実に『誰か』を仕留めに来る。この『誰か』は情報が少なすぎてカイトにもわからない。

大大老達かもしれないし、元老院かもしれないし、場合によってはシャーナ女王という可能性もあり得る。組織の規模と概要によっては、複数を同時に狙う可能性もあった。だが、わかったことも幾つかあった。

「とは言え、『さる御方』というぐらいなんだから、表向きも結構高位の地位に居る事は確実か」

『多分』

『早計ですこと』

「わかっている」

ルゥからの諫言をカイトは受けて、首を振る。ただ単に組織で人望を集めているが故に、『御方』と高貴な身分の様に扱われているだけの可能性もあった。そこは微妙だろう。確かに早計ではあるが、これで良い様な気もしていた。

「とは言え、ここまで入念に計画しているんだ。それ相応の伝手とそれ相応の地位はあるはずだ」

『・・・確かに、そうですわね。ですが、逆にそうであるのなら、大大老達が掴めぬ道理はありませんわよ?』

「それ、なんだよな。一番の疑念は・・・」

指摘された事を、カイトも気にしていた。一番辻褄が合うのが、カイトの見立てだ。それ故にルゥも一度は認めている。だがそうなると、その近辺には大大老か元老院の密偵が入っているはずなのだ。それにバレずに行動出来ている事に矛盾が生じてしまっていた。

『可能性は2つあるよ。超やり手。ものすごいやり手で、元老院も大大老達も動くとは思っていない人物』

「もう一つは?」

『どちらの内部にも裏切り者がいる。元老院は微妙だけど、大大老には裏切りがあっても不思議はない』

『「はぁ・・・」』

ファナからの言葉に、カイトとルゥがため息を吐く。とは言え、これは呆れではない。そうなってくると更に面倒だぞ、という意味でのため息だった。

「オレの居る間に動いてくれない事を祈るだけ、か」

『それしかないですわね』

『さんせー』

カイトの言葉を二人が認める。ややっこしい事に巻き込まれるのはごめんだ。この上第三勢力の介入なぞ考えたくもなかった。なにせまだもう一つ、揉め事はあるのだ。

『で、次の報告』

「はいはい・・・」

カイトは泣きそうな顔で、ファナの報告を待つ。そう、これはハンナが敵か味方かを考えるだけの情報で、メインではないのだ。メインはシャーナ女王への襲撃だった。

それに絡んできたら面倒なので調べて貰ったが、そうでないのなら、それで構わないのだ。カイトの仕事はこの会議の間の護衛。それ以外は管轄外だし、内政干渉だろう。シャーナ女王とて、それは望まない。

『予定通り実行。大大老達の雇った暗殺者は5名。実力はランクA相当。相当お金積んだっぽいね。あ、お婆ちゃんが殺さないで返してくれれば、今度何かあったら割引するって』

「お遊びどころかガチの暗殺者かよ・・・あ、後お婆ちゃん呼ばわりバレたら消されるぞ」

『もう死んでるー』

カイトががっくし、と肩を落とす。カイトというかシャーナ女王を初日に襲撃した暗殺者は、ランクC相当だ。それでも暗殺である以上、口止め料や警備計画の入手、賄賂等かなりの大金が動いている。

この内後ろ2つは大大老達に必要は無いだろうが、暗殺者の力量を考えれば、総額は更に上だろう。お遊びにしては、並の権力者達とは桁が違った。やはり腐っても大国を裏から牛耳る者達、という所だろう。

「まあ、そう言うって事は・・・計画は全部もらえた、ということか」

『うん。馬鹿にカイトに手を出して高い商品を失うのは嫌、って。全部くれたよ』

ファナは計画書の写しをカイトへと提出する。すでに言ったが、暗殺者ギルドと情報屋ギルドは繋がっている。そして意外かもしれないが、暗殺者達は大半がギルドに登録している。登録していないのは、よほど腕に自信がある者か、暗殺者に成り立ての初心者だけだ。

暗殺はやり遂げてもやり遂げなくても誰からも疎まれる以上、暗殺者は依頼人から狙われる可能性がある。そして高位になればなるほど、その経験をしてきている。

それ故、彼らは自ずと強大な組織に属する事を選択するのだ。今回の場合、情報屋ギルドがお付き合いの一環でカイトの正体を伏して暗殺者ギルドに行けば死ぬ可能性が高い、と垂れ込んで、暗殺者ギルドがカイトへと頼んできた、という所だろう。暗殺者ギルドもカイトはコネがある。不思議はない。

それに依頼を途中で断念するよりも、相手の情報が嘘で失敗した事にした方が丸く収められる。今後はそれをネタにふっかけられるからだ。そう悪い話ではなかった。

『後、謝礼金として、って幾つか』

「ちっ・・・さすが、暗殺者。こっちの弱点をわかってやがるな」

寄せられた情報に、カイトが笑みを零す。前金、という形で暗殺者達がカイトにとって利益を提供してくれていたのである。

『どういたしますか?』

「暗殺者は逃がす。表向きの実力はオレと同等。更には一対五。逃げられたが通じる話だ。お前らにはその援護をしてやってくれ」

『はい、旦那様』

『じゃあ、伝令行ってくる』

「頼む」

カイトの言葉に、ファナが消える。そうして、カイトはとりあえず本題の懸念を消して、再度待機に戻る事にするのだった。