Shadow Brave's Readventure - Re-Tale of the Brave
Episode 856: Into the Dragon
メルとシアの元服式から、更に数日。流石にメルもシアもその日のウチに赴任というわけにはいかない。既にこちらに荷物があるので引っ越しの用意は必要ないが、表向きは色々な手続きもあるし赴任にも吉日などの日時の設定が必要だ。
これは生死のやり取りがある軍事だ。験担ぎは魔術の普及しているエネフィアだからこそ、殊更重要視されていた。吉日を選んで赴任するのは、どこでも良くある話だった。
「と、言うわけで。半月はこっちは暇というわけか」
『そうね。そうして頂戴』
カイトの言葉に皇都に戻っているシアが頷く。どうやら一番の吉日が半月後らしく、当分は向こうでインタビュー等を受ける事になるらしい。敵は強大だ。験担ぎも出来る限りを、という事らしい。
彼女は表向き、メルの補佐官として赴任する事になっている。どちらかと言えば、公爵家との調整役に近い。皇女を二人も配置しているのだ。皇国がどれだけこの案件を重要視しているのか、という証明になる。他国からは何も言われないだろう。
勿論、それは表向きで彼女の役割は今までと変わらない。こちらに滞在してカイトの子を孕んでくれ、と言うのが皇国上層部からの願いだ。この間の折に出来れば二人以上で多ければ多い程良い、と外務大臣が直々に本当に言った時はカイトが泣きたそうにしていた。
「まぁ、それは良い。結局、皇子達の中からも数人赴任・・・させるのか?」
『言わないで頂戴な。わかってるわよ』
カイトの嫌そうな顔を見て、シアも同じような顔をする。当たり前の話だが、表向き出ないだけで裏で活動していたシアはまだしも、メルの赴任は物凄い異論が出ている。
なにせ家出の一件は内々には何があったのかわかった話だ。だというのに、彼女が一番目立つ立ち位置に居るのだ。それは自らの推す皇子皇女への皇位継承を狙う他の貴族達から文句は出る。抑えるのに物凄い手間取って居るのだろう。というわけで、カイトはそこをわかっていながら敢えて、深いため息を吐いた。
「はー・・・来次第、オレの所に連れてこい。直々にしごいてやる。で、送り返してやる」
『そう言う問題じゃないでしょ・・・これは政治よ?』
「言いたくもなるわ! メルでランクA! それで足手まといだぞ! この上ガキのお守りなんぞやってられるか!」
カイトが怒鳴る。現状そんな場合では無い。そんな場合ではないが、なまじこの間の戦いで圧勝してしまったという結果が付き纏う。それが、悪かった。最善の結末が常に全てにおいて最善ではないのである。
貴族達の中には完全に勝利を疑っていない者達も多く、今回の人事案を今後の箔付けとしてしか考えていない者達は少なくなかった。実情を知るカイト達からしてみれば、怒鳴りたくもなろう。
「最低ランクAの奴を連れてこい」
『どこかの誰かの手ほどきを受けるメイド(私)か家出娘(メル)以外に何処に居るっていうのよ・・・』
「ウチの戦闘員は平均でランクSだ。ランクA~Bでギリギリ技術者だの料理人だのとタメ張れるんだよ。戦場に立ちたいのなら最低で、最低でランクAは居る。重要なので二度言いました」
『あいかわらず嫌になる程にぶっ飛んでるわ・・・』
憮然とするカイトにシアが心の底から呆れ返る。全人類の中でも更に選りすぐりの冒険者達の中でもたった数%しかたどり着けない熾天の頂き。スペシャルの略称に相応しい正真正銘の特別な位階。それが、普通は冒険者ランクSという位階だ。だが、300年前にはそれが溢れかえったのだ。
とは言え、さもありなんと言える。当時はエネフィアの全歴史を見回して一番最悪と言える時代だ。誰もが戦う力を求めて、そして更にはティナやカイト、他にも大精霊達や古龍(エルダー・ドラゴン)達という普通ならばあり得ない縁があった。
それらに引き寄せられる様に数多の英傑たちが生まれ、そして集ったのである。その結果が、有史上おそらく唯一となるランクS以上が百人以上という部隊だった。
「つーか、ウチだぞ? 単なる雑魚ならお荷物にしかなんねぇよ。お荷物になられて足引っ張られるのが一番困る。この上クオンだなんだ、って来るんだぞ。最近は普通にクオンに一撃でやられて終わりだ」
『・・・待ちなさい。何やってるの』
カイトの言葉の不穏さに気付いて、シアが頬を引き攣らせる。それに、カイトは平然と告げた。
「入隊希望の奴の多いこと多いこと。で、逐一試験するの面倒だから、クオンに頼んで剣姫モードで威圧して貰って、それに耐えられたらオッケって事にした。一ヶ月もすりゃ、腕自慢とて彼我の実力差悟るだろ。クオンも雑魚はいらない、って言ってたから快く引き受けてくれたし」
『無茶苦茶じゃない・・・』
冒険者の中でも最強と言われる剣姫クオンだ。その彼女が直々に試験をする時点で、下手をしなくても死人が出かねない。が、これに耐えられなければどちらにせよ未来はない。
ある意味、カイト達からの優しさだった。ここで死ぬか、戦場で死ぬか。それとも、運良く適合して栄誉を得るか。カイトと共に来る愚か者には、そのどれかしか無いのだ。そして運が良かった者達が、『無冠の部隊(ノー・オーダーズ)』というわけであった。
「あのなぁ・・・道化師にせよ刀使いにせよ、オレがガチで警戒するレベルだぞ? 普通に考えろ。犬死させる気か」
『はぁ・・・ぶっ飛んでる癖に正論なのが、腹立つわね・・・』
どんよりとした様子で、シアがため息を吐いた。どうやらかつての縁で彼女が皇子皇女達の調整を行っているのだろう。面倒事がまた増えた、と思っている様子だった。
「ったく・・・こっち政治で軍事やってんじゃねぇよ。下手にまた義勇軍したのが、余計に面倒な話になっちまってるじゃねぇか」
『わかってるわよ。でもそうしないと皇国の正規軍が他国へ無断で入る事になるし、貴方の存在も隠せない。諦めて頂戴な』
シアが何処か憮然とした様子でカイトの言葉に反論する。わかりきった話だ。義勇軍にすれば各国への援軍が行いやすいが、義勇軍故にどうしても軍よりも基準がゆるいのだ。
義勇軍というのは金銭的な見返りを求めない有志による戦闘員だ。一応一定の条件を満たせば、正規兵と同じような扱いも受けられる。そして希望さえすれば、誰でも義勇兵になれる。そして篤志すれば、それは篤志家としての名も上がる。なので各国の王侯貴族も支援の申し出に参加の申し出がひっきりなしだった。
それほど、『無冠の部隊(ノー・オーダーズ)』の名は大きかった。ここに参加したというだけで、何処へ行っても英雄扱いだ。一生食うに困らないし、女にも困らない。それは誰だって所属を夢見る。子供達が未だに夢として語る程だ。ここに所属して英雄となって故郷に錦を飾る、と。
他にも王侯貴族であれば、確実に後継者指名レースで一歩先へ行ける。有志の義勇軍の癖に無駄に知名度と功績が大きいが故に、参加そのものが見返りとして成立してしまうというおかしな状況が出来上がっていたのであった。
「わかってるよ。だから、クオンに足切りさせてんだろうが。最低、<<天将>>の前に立って戦う意思を見せられる事。これが絶対最低条件なんだよ。死ぬ奴連れて行くつもりはない。犬死してもらうのはオレが困る。オレが連れて行くのは生き足掻ける奴だけだ。生き足掻く前に消し飛ばされりゃあ、あがく云々も無いんだ。で、こっちは義勇軍だ。参加条件にゃ、従ってもらう」
『はぁ・・・そう言っておくわ』
「そうしてくれ。勇者カイトの残した隊の規約に則って試験を行ってるってな」
カイトはそれを最後に、シアとのやり取りを終える。参加を認めないつもりはない。失った人員は補いたい。だが、敵を考えれば補うにも資格が要る。雑魚では死ぬだけだ。連れて行くだけ無駄だろう。そしてカイトとて死人を見たくはない。これが、ベストの結論なのだ。
「はぁ・・・」
カイトは事務的な連絡を終えると、執務室の椅子に深く腰掛ける。今になって寿命が短い者達が多かった事が嘆かわしかった。そうして一息ついてから、カイトは椿に問いかけた。
「・・・あぁ、そう言えば椿」
「はい、なんでしょうか」
「予定は空けれてるか? 龍族からの支援要請があったんだが・・・」
「・・・はい、ご指示の通りに」
椿は手帳を確認して、カイトの予定がきちんと空けられている事を確認する。元服式が終わると同時にカイトから指示があり、龍族達の暮らす『青龍の里』への遠征任務を入れられる様にしたのだ。
「良し・・・じゃあ、後は人足集め、か。と、いうわけで・・・ソラ! お前龍族の里に行く気ないかー!」
「んぁ?」
カイトの問いかけに、ようやくギルドマスター代行の仕事から解放されたソラが顔を上げる。ちなみに、カイトが大声を上げたのは彼が仕切りの向こう側――資料を探す為――に居た為だ。
「どして?」
「お前、龍の力宿ってんだろ。使い方聞きに行くだけでも益になる」
「あ、なるほど」
カイトから言われて、ソラがそれもそうか、と気付く。結局彼の血筋に眠る龍の力は未だに使いこなせていない。というよりも、どういう状況なのかが分かっただけで使いこなす為にどういう訓練をすれば良いのかもわからないのだ。それを考えれば、確かに龍達そのものから話が聞けるのは有り難い。
「おう、わかった。じゃあ、用意してくんな」
「おーう。他、桜も・・・ああ、いや。たまには上層部全員で行くか」
他に誰を連れて行くか、と考えたカイトだが、何故か結局全員を連れて行く事にする。この間の一件でソラが思う所があったというのは、カイトも知る所だ。となると、他も必ず少なからず思う所はあるはずだ。カイトはそう考えていたらしい。そして現に、男連中はその向きは強かった。
「? どうしてよ?」
「いや、あそこ結構環境として厳しい所でな。全員、この間の一戦で思う所はあっただろ。まぁ、龍達の所で少し鍛えなおしてもらおうか、とな・・・あ、ついでに楓も連れて行くか」
「あ、カイト。悪いが凛は欠席になるが、大丈夫か?」
楓を連れて行く事にしたらしいカイトに対して、瞬が告げる。
「ん? どうした?」
「朝一にクラスメイトと遠征任務に出掛けた所だ。帰還は三日後だ」
「そりゃ、仕方がないな」
カイトは瞬の言葉に仕方がないと認める事にする。全員で行くか、と言ったが行ける面子だけ、という意味だ。わざわざ呼び戻す道理はないし、運営にも影響する。問題はない。と、その話をしていたからではないが、アルが手を挙げた。彼が居たので凛も居ると思ったのだ。
「あ、それなら僕も行って良い? あそこの若衆と戦えるのなら、訓練になるし・・・」
「そうだな。それで良いと思うぞ・・・てか、お前、行かなかったのか?」
「あはは・・・ちょっと集中的に見直したくて・・・あ、姉さんはどうする?」
「そうですね。では、ご一緒させて頂きます」
アルの問いかけを受けて、リィルも参加を決める。龍族は基本的には自分達の自治区に引きこもっているが、一人一人の力はとてつもない。アルとリィルでも十分に修行になった。
若衆と言うのは龍達の中でも強力な力を持つが、まだ若いが故に修行中の者達の事だ。次の世代の戦士達、と思えば良い。とは言え、次の世代とは言え龍は龍。そこで、アルが疑問を得た。
「んー・・・でも思ったんだけどさ。皆と若衆と戦わせるつもりなの?」
「ああ、いや。流石に若衆と戦わせる程馬鹿じゃない。ウチのあそこはガチでヤバイ奴らだからな・・・まぁ、機会があれば、古衆と戦わせるのはアリかもなぁ・・・強敵の中の強敵ってのが知れるし・・・」
「あれ? じゃあなんで行くの?」
「仕事だよ。依頼やってほしい、って言われてるんだ。この間龍族の使者が来て、長が呼んでいる、って言われたからな。こちらも少々用事が出来た事だし、丁度時間もあるから今行っておくか、と思っただけだ」
アルの問いかけを受けて、カイトは今回の事情を語る。龍族の長の依頼については、だいたい理解出来ている。さほど困難な依頼ではないが、彼らはそもそも信頼できない者に対しては一切依頼を出さない。
その代わり、その彼らからの依頼を受けられる、というのは冒険者にとって箔付けになる。安い依頼料でも手に入る利益を考えて、受ける事は多い。というわけで、今回さほど急ぎではない、という要件でカイトに持ってきた事を考えれば、さほど高い依頼料が発生する依頼ではないだろう、と考えられたのだ。
「そっか・・・じゃあ、山に入るとかそういう系統かな?」
「多分な。まぁ、ちょっと入手が困難な薬草を回収してくれ、とか薬草の花を摘んできてくれ、とかそんな程度の話だろう」
「と、言うことは高所での装備が必要か・・・倉庫に行ってくる。無ければ買い出しも要るな・・・翔、付いて来てくれ」
「はい」
「頼んだ」
カイトとアルの話を聞いていた瞬が立ち上がって、翔と共に執務室を後にする。高所での活動で一番怖いのは高山病だ。勿論、これに対処する為の装備も冒険者向けに開発されていて、それの在庫があったか確認しに行ったのだ。
「では、こちらは他の手筈なんかを整えてきますね。楓ちゃん、補佐、お願いできますか?」
「わかったわ」
「頼む。こっちはティナの所へ行ってくる。ついでに、増援要請を頼むからな」
「あ、では、アル。私達も」
「あ、そうだね。一応基地に連絡だけはしておかないと・・・」
リィルの言葉を受けて、アルも現状を考えて一応基地にいる父達に連絡をとっておくか、と考えたようだ。そうして、カイト達は一斉に『青龍の里』へ向かう為の用意を整え始めるのだった。