Tanaka family, reincarnated.

Giant Bug Soldier.

エド城にて。

天皇、将軍が共にスチュワート一家の答えに理解できないと困惑している。

『本当に褒賞はいらないと?』

『『『『『いりません!!』』』』』

被せ気味に一家全員が答える。

米や調味料はヨシュアが交渉し、商会で輸入の手配は調っていた。

魔石に関しても諸々試したいことはあるが、辺境で暮らす一家はなるべく結界の修復や補強に使って欲しい気持ちもある。

恩があるからと今後魔石を国外に流出させ過ぎても皇国の国防に支障をきたしても良くない。

皇国の魔石は適正な値段で、ロートシルト商会と独占契約する方が皇国には最適だと一家は代わる代わる説明した。

面倒臭いことは基本、ヨシュアにやらせておけば間違いない。

『いや、しかし……』

『対外的には皇国との異文化交流のために訪れたことになっていますので仰々しくされるのは困ります』

レオナルドが戸惑う天皇と将軍にきっぱりと断る。

褒賞によって大変な目に遭った記憶はまだ新しい。

『それに、皇国ではとても楽しく過ごさせて頂いておりますし』

猫もウデムシものびのびと魔物を狩っているし、家族は懐かしの日本食材に満足していた。

この世界ならではの魔物肉とのコラボを考えるのも、試すのも、食べるのも楽しい。

『ならば、皇国に移住されてはいかがでしょうか? 私の見る限りでは王国よりもずっと寛いでいるように見えますが?』

王国に滞在していたタスク皇子がここ最近の一家の姿に移住の提案をする。

特にエマの様子を比べると天と地の差がある。

何か(マナーの鬼)に怯えるように目を伏せていた夜会での姿、あれはあれでとても儚げで可愛かったが、今の天真爛漫な笑顔を見れば彼女は皇国の方が幾らか楽に暮らせるのではないかとタスク皇子は思ったのだ。

『……移住……?』

家族内でのノリで移住したいなんて言っていたが、実現できそうな皇子の言葉に一家の心が傾く。

『おお、なかなか良い考えだなタスク。相応の屋敷も使用人も用意しよう。魔物を狩るもよし、缶詰工場をさらに大きくするもよし、私の目の青い内は自由に過ごせるように取り計らおうぞ』

一家の変化を目敏く感じとり、天皇が後押しする。

この世界では移住はなかなか認められないが、ここまでの功績のあるスチュワート家ならば、国民も反対することはないだろう。

『……お米食べ放題……猫缶作り放題……魔物狩り放題……』

ぐらぐらと一家は揺れる。

『皇国を救った功績は大きい。スチュワート伯には大名の位を授け、ゲオルグ君は武士として将軍家に仕えてもらうことになるだろう』

『大名……』

『武士……』

王国でいうところの爵位と領地を持った貴族。

王国でいうところの狩人と騎士の役割。

『『悪くないかも……?』』

『メルサ殿には料理に関する役職がよろしいかと……』

同席していた女官長のウメもこそっと進言する。

『エマ嬢には好きなだけ虫の研究をしてもらう……とか?』

同席を許されていたミゲルもこそっと進言する。

『『悪くない話だわ……』』

メルサとエマも目を輝かせる。

『ウィリアム君には私の小姓になってもらう……とか?』

フクシマがこそっと進言する。

『……………………………………え?』

ウィリアムはなんだか嫌な予感がした。

フクシマはスススっとウィリアムの正面に移動し、握手をするように右手を出す。

『ウィリアム君、第一印象から決めてました。私の小姓になって下さい!』

『ええぇぇぇ!? フクシマ様!? なにを言って……』

『あら……』

『まあ……』

頬を桜色に染めたフクシマがウィリアムの返事を待つ。

ウィリアムは驚いて悲鳴を上げ、エマとメルサは興味津々に成り行きを見守っている。

『初めて会った時から可愛いなと思っていた。これは運命だと思うのだウィリアム君』

『いや、いやいやいや……小姓ってあれでしょ……あの……あれでしょ!?』

『あら……』

『まあ……』

やや前のめりに、エマとメルサは見守る。

『『『ちょっと待ったぁー!』』』

数人の武士が手を上げ、そのままスススっとフクシマの隣に並ぶ。

『なっ! お前達!? 横恋慕する気か!?』

もう、横恋慕とか言っちゃってる。

『フクシマ様、優秀な小姓は何があろうとも手に入れるべしと教えてくれたのは貴方ではありませんか!』

『ウィリアム殿の知性と美貌は近年稀に見る逸材!』

『ウィリアム殿! 是非、自分の小姓に! 必ずや満足感させ……』

『あら……』

『まあ……』

ウィリアムを巡る武士達の攻防にエマとメルサは両手で口元の笑みを隠すように覆う。

『ちょっと!! 姉様も母様も何楽しんでるんですか!? 良いんですか? 僕が小姓になっても!? 姉様! ロリコン滅びろとか言って何、ショタコン擁護してるんですか!? 母様!? 孫抱きたいんでしょう?』

『だって……』

『ねえ……』

口元を覆ったままエマとメルサは目を合わせる。

『『衆道は嗜みだし……』』

二人は声を合わせてにんまりと笑った。

『腐ってやがる……』

母親と妹の姿にゲオルグが呟いた。

『絶対に無理です! お断りします! 僕は幼女……じゃなくて、少女……でもなくて……えーと……女の子が好きなんです! そういうのは、そういうのは……マジ無理です!』

半泣きでウィリアムが嫌だと訴える。

『そもそも、父様に領地経営なんてできません! 二秒で赤字ですよ! あと姉様に自由に虫の研究なんてさせたら皇国中の虫が巨大化しますから!』

『……たしかに……』

それも一利あるとメルサは考える。

『か、母様……せめてチャタテムシだけでも研究したいです』

雲行きが怪しくなり始めたのを感じとり、エマがオリバーの小豆あらいの真相だけでもとお願いする。

『あんなに大量発生する虫はダメです! 巨大化したら皇国が食いつくされてしまうでしょう?』

チャタテムシの増え方は異常なのでエマに触らせる訳にはいかないとメルサが怒る。

『そんなぁ』

ガックリと肩を落とすエマを見ながら、天皇と将軍はゴクリと唾を飲み込んでいた。

あの日見た大量のウデムシの記憶はまだ新しく、毎晩夢に出てきてうなされてるのだった。

『そ、そ、そこまでウィリアム君が言うなら仕方ない……の、将軍?』

『そ、そうですね……陛下……』

もう、一生忘れられない悪夢のような光景を皇国の民に見せることはできなかった。

『ぅぅぅぅ……ウィリアム君……気が変わったら直ぐに教えてくれ……どこへだろうと迎えにいくから』

すごすごとフクシマと名乗りを上げた武士達が各々の席に戻った。

『そろそろ、新学期も始まりましたし帰国したいと思っています』

このまま皇国にいては貞操の危機だとウィリアムが早口で天皇と将軍に訴える。

『母様の魔物&皇国食レシピも沢山完成したようですし、オワタの残骸で壊れた家屋の修繕も進んでいます。缶詰も問題なく製造できるようですし、商会もある程度のコミュニケーションの仕方を確立できましたので』

やることはやった、帰りますと手のひらを返すが如く話を進める。

今後はロートシルト商会と皇国で独占契約を交わし貿易をすることになっていた。

長い間鎖国を貫いていた皇国が王国にも他国にも利用されないように商会が間に入るのだ。

商会はこの二ヶ月間、皇国の民のため、エマのために働き、皇国民の信用を勝ち取っていた。

言葉が一切通じないのでタスク皇子かスチュワート家がいなくては交渉はできなかったが、ヨシュアの提案で第三の言語を使うようになったことで問題は大きく改善した。

王国人は皇国語がたとえ一語であろうとも記憶し続けることができない。

皇国人はそもそも、他言語を使うことに慣れてはいない。

そこにまた別の言語をなんて混乱するだけではと首を傾げる皇国人にヨシュアはあのサン=クロス語を提示したのだ。

サン=クロス国の公用語であるサン=クロス語は、基本「ラックル」と「ロックル」の二語を覚えるだけでなんとなく伝わってしまう不思議な言葉だ。

学園の友人、双子のキャサリンとケイトリンが授業を選択していた。

細かい内容は、スチュワート家やタスク皇子に頼ることになるがサン=クロス語で大概のことは上手くできるのであった。

『王国…………スチュワート家の力添え、なんと礼を言えば良いか……やっぱり褒賞を……?』

『『『『『いりません!!』』』』』

スチュワート家の褒賞嫌いは頑なだった。

『しかし、私もいつまで生きられるかわからない。貴殿らの思いに応える事ができないのは心苦しいのだ』

『父上……』

天皇家は代々短命の者が多く、天皇自身も最近まで体調を崩しがちだった。

『オワタを退治してくれたお陰で心労が減ったのか最近は手足の痺れもなく、歩くのも杖無しで歩けるのだが……病はそう簡単には治りはしないだろう』

天皇家に巣食う死の病。

誰もが例外なく、死んでいった。

『陛下……』

武士含め、その場にいた家臣達の啜り泣く声が聞こえる。

『あっ……あー……あの……? その病って……脚気だったりします?』

しんみりとした空気にそぐわない声でエマが尋ねた。

『! エマ嬢? もしかして王国には死病である脚気の特効薬があるのか!?』

タスク皇子が期待に満ちた目でエマを見る。

『いえ、あの……特効薬と言いますか……』

『そうだな、どんなに高名な医者ですら治せなかったのだ。藁をもすがる思いに声を大きくしてしまった……すまない』

しゅんとタスク皇子が輝かせた瞳を伏せる。

『……えっと、ですね? 脚気の原因はビタミンB1不足? なので……』

『?』

『玄米ではなく白米を食べるようになったから必要な栄養が摂れてないのだと思われます』

『????』

『なので、玄米食に…………あ……。アーマーボアとかオークって豚? それに王国の食材も皇国で食べられるなら……もう、これって解決して……る?』

ぶつぶつと話しながらエマは問題が既に解決していることに気付いた。

『どういうことだ?』

タスク皇子がエマを再び見る。

『病気の原因である栄養不足はアーマーボアやオークを食べることで解消されると思われます。王国の小麦を使ったパンやパスタにもその栄養は含まれているので……このまま今の食生活を続ければ良いと思います』

脚気は王国の壊血病と似たような栄養不足による病気だとエマはタスク皇子に説明する。

『な、治るのか? 脚気が……? 魔物を食べることで?』

アーマーボアの角煮は天皇も気に入って良く食べていた。

メルサ考案のナポリタンも。

最近体調が良いのはそのお陰ということ……?

『な、なんという……。これは、何か褒賞を……』

『『『『『いりません!!』』』』』

スチュワート家はまた、被せ気味に一斉に答えたのだった。

この日から、武士達のウィリアムを見る目が変わり、天皇家のエマを見る目が変わり、皇国民のスチュワート家を見る目が神をも拝むかのような目に変わった。

それまで国民に伏せられてたオワタ退治に加え、神である天皇の命を救ったスチュワート家の存在を止める間もなく大々的に発表されたのだった。

お気に入りだった皇国の生活はとんでもなく居心地が悪くなって、スチュワート家は帰国を決意した。

ウデムシ何匹かいりますか?

のエマの質問に、誰も首を縦に振らなかったのは言うまでもない。