「日本語ってなんですか?お嬢様」

マーサが不思議そうな顔をして尋ねる。

「外国の言葉よ。多分極東?」

適当に答えるがこの世界の地図では東は未開の地である。

一番高級な地図でさえ、この世界の全体像を捉えているものはない。

「それよりもお父様たちは大丈夫だったの?」

マーサは無事だとさっき言っていたが再確認する。

「お嬢様以外は、一時間程で意識を回復なされましたし、翌日からは普段通りお過ごしでいらっしゃいます。皆様ほんの少し口にしただけのようですし……お嬢様だけは一本まるごと召し上がっておりましたので……」

その食い意地なんとかしろって暗に言われている。でも松茸だよ?前世だってそんなに食べてないよ?記憶がなくても松茸は本能でいっちゃうって!

「でも皆様少し様子がおかしいと申しますか……なんだか戸惑っているようにお見受けいたします。お嬢様の奇行には慣れていらっしゃる方々ですのに」

おいっ マーサ!奇行って!

マーサがなんかずっと冷たい……。病み上がりなんだし、もっと優しくしてほしい。

「いつも言っておりますが、お嬢様は今年で12歳になられます。来年からは王都で暮らすことになりますのにマーサは心配です!虫とかキノコとか虫とか虫とか興味を持つのはお止めくださいましっ」

ヤバい!いつもの説教に移行し始めている。

これ長いんだよな……。マーサ虫嫌い過ぎだし。

父の弟の王立大学卒業を機に一家は領地経営を交代し王都に住む予定となっている。領地は王都まで馬車で15日ほどかかる辺境の地である。

主な産業は絹織物で養蚕から機織りまで上質の絹を作り上げる。流行り廃りが激しい王都の服飾業界において常に最高級品と呼ばれる絹はスチュワート伯爵の領地パレス産のものである。

なのでパレスで生まれ、パレスで育ったからにはお蚕さまとは友達である。私悪くない。いつもの言い訳が頭に浮かぶ。

「お嬢様はお蚕さま以外の毛虫もムカデも蜘蛛も蜘蛛も集めてらっしゃいますでしよう?」

まだ何も言ってないんですけど……あとなぜ蜘蛛二回言った!?マーサ蜘蛛に何か恨みでも?……心当たりは……無くはない。

今の私の屋敷の裏庭には通称エマの小屋と呼ばれる虫小屋がある。小屋と呼ばれるには大き過ぎる立派な建物だ。

個人的な趣味の蚕研究の他に糸を出す虫やその辺で見つけた虫なんかも片っ端から集めて飼育するのを目的として建てられた。

エマが自室で細々と楽しんでいた趣味だったが、使用人からの苦情(主にマーサ)と蚕の研究規模がじわじわ大きくなってきたのでエマに激甘の父が一昨年建ててくれた。

「はっ私の宝物(虫)たちの世話10日間もしてないっ」

驚愕の事実に焦る……2、3日なら餌は足りるが、10日ともなると、既に共食いが始まってるかもしれない。蚕の研究室は別だが、雑多な虫達は一部屋にまとめて飼っている。

あのきれいな紫色の蜘蛛は無事かな……?2週間ほど前に森で出会った蜘蛛はエマの一番のお気に入りで、色んな人に見せて歩いた記憶が懐かしい。

「お嬢様……」

マーサの目が更に冷たい。蜘蛛を目の前に見せた時のマーサの絶叫は忘れられない。

コンコンっと遠慮がちにノックの音が聞こえたので、説教の続きを中断し、マーサが扉を開けに行く。このナイスなタイミングはきっと……。

「姉様、お目覚めになったと聞いてお見舞いに来ました」

扉からひょっこり現れたのは、キラキラ儚げな美少年。いや弟のウィリアムだけどね金髪に紫色の瞳……は父譲りだ。その手には大きな虫かごが一つ。

「すいません虫たちのことすっかり忘れてまして……姉様が寝ている間にお蚕様は部屋が違うので無事でしたが、あの部屋の虫は、この蜘蛛一匹になっていました……」

既に、宝物が宝物に食べられていた……。バッタもカマキリもキリギリスもムカデもヤスデもだんご虫もあれもこれも壮絶なバトルロイヤルを繰り広げたことだろう……せめて、その様子を観察したかった。

「うう……残念だけど仕方ないよ……」

虫かごの中には紫色の蜘蛛がカサカサ動いていた。一番お気に入りの子だ。

バトルロイヤルの勝者はこの子なのね。

気のせいか……?ちょっと?……結構……?でかくなってる気がする。

円らな8つの瞳?がこっちを見ている。

うん お前は悪くない。餌やれなくてごめんよ……。

虫かごを受け取り、中の子の様子を確認する。可愛がっていたのでエマの顔を見ると蜘蛛も寄ってくる。

「ヒィィ」

かごから出した蜘蛛を見て、マーサが逃げ出した……。しばらくは帰ってこないだろう。相変わらずマーサにこの蜘蛛の良さはわからないようだ。

それにしても弟よ……姉の宝物の蜘蛛を人払いに使うとはなんて奴だ!

そう……人払い……というかマーサ払いに……。

ウィリアムがさっきから探るようにこっちを見る……。

言いたくても、言えない。聞きたくても、聞けない。知りたいけど、知られたくない。不安そうに、確信が持てず、迷っている。

お互いに思っていることは多分……一緒だろう。ウィリアムがしっかり目を合わすと、意を決したように口を開く。

「……みな姉?」

エマも意を決したように口を開く。

「……ぺぇ太?」

二人の声がハモる。

「「異世界転生かよ!!!」」