Tanaka family, reincarnated.

Large silkworms and purple spiders.

「……これ?何?」

エマの小屋の研究室に入った途端、アーバンは引きつった笑みでエマに尋ねる。

「何って叔父さま蚕ですよ?」

エマは当然の様に答える。

「……でかすぎない?」

蚕は虫である。普通どんなに大きくても体長10センチ以下のはずで、目の前のウィリアムが抱(・)え(・)て(・)い(・)る(・)とてつもなく大きな幼虫が蚕であると、この道の専門家と言っても過言ではないアーバンは理解できなかった。

蚕が……50センチ……しかも丸々と太っている。

「一年前、叔父様が蚕を大きくできないかって言う研究報告を送ってくれたときに私も試してみたんです。」

キラキラした目でエマが語る。

餌や交配、環境と片っ端から試してみたと。

最終的に餌を桑の葉を止め、エマが試行錯誤で辿り着いた飼料を与えることで巨大化に成功したと。

今は大きさは50センチが飼育面、コスト面でベストと思っていると。

ただ、絹糸の着色は餌で可能なのか?叔父様の意見が聞きたいと。

キラキラした目で……エマは語る。

天才だ。

アーバンは思った。たしかに送った報告書には蚕を大きくする為の仮説をいくつか立てた、しかし、それには膨大な数のサンプルを膨大な数の工程で膨大な数を比較しなくてはならない。更に比較結果を基に何がどれだけ効果を出したか、数値化し、強化し、また比較である。大学の研究者ですら根を上げた酷く面倒な仮説であった。

それを、この姪はやってのけたのだ。やってのけたからと言って、結果が伴うことなんて稀だ。

なのに、これは結果が伴う所の成果ではない。生物学に修めて良いものなのか?

「エマ?これを一人で研究したの?」

「ん?世話とかはゲオルグ兄様とウィリアムも手伝ってもらってますよ。比較試験は一匹ずつ違う飼料を与えていたので中々大変でした。」

エマがにっこり笑って応える。こんな時でもうちの姪は可愛い。

ウィリアムがあの時のことは思い出したくないと遠い目をしている。相当、大変だったのだろう。

大学に行っている間、自領の絹の質が向上しているのは知っていた。パレスは気候が温暖で蚕に適してる環境ではあるが、それだけでは説明のつかない質の良さだった。

兄に手紙で聞いても、いい研究者と助手がいるんだと言うことしか教えてもらえなかった。機密事項は手紙では書けないので仕方がないとはいえ、まさかの自分の幼い姪と甥のことだとは思わなかった。今なら教えてくれなかった兄の気持ちが痛いほど解る。

多分、兄にとっても想定外。未だに理解出来ないでいるのだろう。

アーバンがひとしきり考えている横で、あっそうだ……っとエマが隣の部屋から大きな虫かごを持ってきた。

「叔父様っ今一番のお気に入りの蜘蛛を紹介します!」

何故、今蜘蛛なんだ?と思ったが虫かごを覗いてみる。

大きな……紫色の蜘蛛が入っていた。エ(・)マ(・)の(・)顔(・)くらいある。

どうして蜘蛛までこんなに巨大化しているんだ?

アーバンが驚愕の表情を浮かべる。

「すごくきれいな紫色でしょう?叔父様達の瞳みたいな透き通った紫!だからヴァイオレットって名付けたんですよ!」

エマ……問題は、色じゃなくて大きさだよ?

驚きポイントがずれていた。

でもスチュワート家固有の目の色をした蜘蛛は確かに綺麗だし、その色をお気に入りだと紹介するエマはいじらしくも可愛い。

兄弟でエマだけは母親譲りの緑色の瞳をしている。

エマは虫かごから蜘蛛を出している。アーバンの苦い顔に気付いたウィリアムが補足説明してくれる。

「この蜘蛛、蚕の巨大化用のエサ食べたみたいなんだよね。」

だからこの蜘蛛でかいのかーにはならんよ?甥っ子よ……。

巨大化ってそんな直ぐなんないよ?

蜘蛛はエマの腕を登って、更に頭の上に収まる。絵面がすごいことになっている。

「そうそうこの蜘蛛すごいんですよ!」

エマがずっとキラキラした目でアーバンに自慢する。

ここまで来たら何を言われても驚かない様にしよう。巨大化以上に驚くことはないだろう……と。

「この蜘蛛を頭に乗せると物凄く早く走れるんですよ?」

もはや訳がわからなかった……。

それは遡ること3日前。

深夜の外出を散々怒られた後、あのエマの俊足は何だったのか検証することになった。

庭に出て家族と猫が見守る中、エマは全力疾走する。

「?」

「?」

「?」

「にゃ?」

普通だった。

ノリで一緒に走っていたコーメイさんに即、置いていかれている。

ゲオルグなら余裕で、ウィリアムでも頑張れば追い付ける普通の令嬢の走りであった。

「あれ?」

庭を一周することもできず息を切らせてエマが首を傾げる。

あの時は何キロ走っても疲れなかった。しかも多分バレてないので言ってないが、二メートルの大ジャンプもできる気がしない。

レオナルドとメルサがゲオルグを見る。

「いやいやっ嘘じゃないですからね!しかも真っ暗な中、全く迷いなく走ってましたよスリッパで!」

靴に履き替えるのももどかしかったエマはまさかのスリッパで走っていた。翌朝、色々なショックが落ち着いたマーサにどろどろのスリッパを見つけられ、更に怒られたのだ。

「……夜だったから?」

ウィリアムがエマは条件付きで足が早くなるのかもと言い出した。

人を狼人間やバンパイヤみたいに言わないで欲しいと思ったがその日の夜、眠い目を擦りながらまた庭に出て家族と猫が見守る中、走る。

普通である。

一緒に走るコーメイさんもゆっくりエマに付いて走っている。

夜は危ないからね、優しい猫である。

エマも視界が悪いせいで昼より遅い。

あの時は夜の闇なんて気にならなかった。暗いなっと思ったのは男達に足を取られ転けた後くらいからで……。

「火事場のバカ力ってやつ?」

ウィリアムがうーんと唸りながら説明出来ない現象を説明しようとする。

レオナルドとメルサがゲオルグを見る。

「……嘘じゃないですよ?」

こんなこと嘘ついても仕方ないし……とゲオルグは言うが段々声が小さくなっている。

あわや迷宮入りかなって雰囲気が家族を覆う。

そこへコーメイさんがエマの頭に前足を置いて、てしてしする。

「にゃーん」

肉球が頭にもにゅもにゅして気持ちいい。

「「「あっ!」」」

三兄弟の声が重なる。

「「「蜘蛛っ!」」」

そう言えば、あの時は蜘蛛を頭に乗せていた。

早速ウィリアムが蜘蛛を取りに行く。

その間にエマは蜘蛛を頭に乗せて走った事について怒られる不運に見舞われた。自業自得ではある。

母メルサがウィリアムが持ってきた蜘蛛を見て眉をひそめる。

明らかに、捕獲したエマが嬉々として見せた時より巨大化している。もう、蜘蛛の大きさではなかった。

マーサですら悲鳴を上げて逃げるでかい蜘蛛だが、母もそこらの伯爵婦人とは違う。エマの母である。頼子であった前世では、田舎の農家に生まれ、田舎に嫁いだ身。

割りと平気である。肝の据わりかたでは家族一である。

レオナルドの方がちょっと引いているくらいだった。

そんな蜘蛛をエマが頭に乗せる。

絵面がひどい。

「あっちょっと明るく見えるかも。」

そう言ってエマが走り始める。

バビュンっ

それは、レオナルドどメルサの想定を超えるスピードだった。

ゲオルグとウィリアムを悩ました例のあの走りであった。

猫達は嬉しげに4匹揃ってエマを追いかける。

「ほらっ嘘じゃなかった!」

ゲオルグが勝ち誇った様に両親を見たが、レオナルドとメルサは嘘の方が良かったと思っていた。

「……と言うことがあったんです。」

エマは、大好きな叔父に数日前にあったことを話した。

家族で転生したことは伏せたが、コーメイさん達に再会したことは思い出すだけで嬉しくて笑顔になってしまう。

「もう、どこから突っ込んでいいかわからない……。」

アーバンはため息と共に頭を抱える。

自分が大学に行っている間に家族(主にエマ)がおかしな事になっている。

専門で学んだはずの養蚕を姪甥にさらっと追い越され、自尊心が傷つく暇もなく摩訶不思議な体験談と証拠の蜘蛛と猫である。

「でも、蜘蛛を頭に乗せるのはエマの小屋以外禁止されたので宝の持ち腐れなんです。」

エマがしょんぼり言う。

伯爵令嬢は、蜘蛛を頭に乗せてはいけません。

家族以外に見られてはいけません。

母にきつく言い聞かせられてしまった。

エマの頭を撫でながら、アーバンは断念した。

もう、エマが可愛ければ良しとしよう。

猫も可愛いし良しとしよう。でかいけど。

蜘蛛も綺麗だし良しとしよう。でかいけど。

研究者は引き際も大切。

全てはエマが可愛いから良しとしよう。

姪狂いは深く考えないことにした。

深く考えないことで自分を守った。

この場合考えたら負けだ。