Tanaka family, reincarnated.

The belly worm does not subside.

くきゅるるるるる。

るるるるくるるるる。

きゅるるるるる。

「エマ様。あともう少しですわ!」

フランチェスカがエマを励ます。

二時間の魔物学の授業を終え、昼食休憩になり食堂を目指している。

くるるるるきゅうるるるる。

授業後半から、エマのお腹の虫が切ない鳴き声を上げ始めた。

近くにいるスチュワート兄弟やヨシュア、刺繍のメンバー、王子とアーサーにはしっかりと聞かれてしまっている。

令嬢だろうがなんだろうがお腹が空けば鳴るのは仕方がない。

きゅるるるるる。くるるるる。くきゅるるるるる。

授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、教師が教室から出た瞬間にエマは立ち上がった。

「皆さん!食堂に参りましょう」

口よりも雄弁に語るお腹の虫のお陰で、皆も素早く勉強道具を片付け、教室を後にした。

学園の中の同じような学舎が幾つも並んでいる通りを抜け、最奥にある豪奢な建物が生徒のための食堂として使われている。

魔物学から食堂まで、距離があるためにエマのお腹の虫は、歩く度に悲しい、切なげな鳴き声を上げ続けている。若いとお腹の虫も活きがいい。

止めようとして止められるわけもなく、成すがままに一心に食堂を目指す。

くきゅるるるるる。くきゅるるるるる。るるるる。

「お腹……すいた……」

あまりの空腹に、足元も覚束ない。

ゲオルグとウィリアムに両脇から支えられながら、フラフラと歩く。

「姉様、食堂につきましたよ」

「エマ、ロバート様に喧嘩なんか売るからお腹すくんだぞ?」

学園の食堂は全ての生徒が充分に食事することの出来る設備が整っており、教室の中では一番広い魔物学の教室よりも更に広い。テーブルまでも遠い。

「エマ嬢のお腹の虫はなんとも可愛い声で鳴くね」

「お兄様、女性のお腹の虫の声は聞こえても聞こえない振りをするものです」

悪戯っぽい笑みでからかうアーサーを、マリオンが注意する。

「こんなにお腹空かせた人は初めてねケイトリン?」

「こんなにお腹空かせた人は初めてよキャサリン」

双子は楽しそうに仲良くついてくる。

「エマさま、今度からは何かおやつを持って来ますね」

ヨシュアがにっこりと約束する。

王子は昼休みは王城に戻り、軽食を摂りながら公務を行うということだったので、教室を出て直ぐに別れた。

別れ際の名残惜しそうな顔が印象的だったが、エマのお腹の音に苦笑し、早く食堂でご飯を食べて来なさいと促してくれた。……優しい。

食堂で出されるメニューは、毎日違う日替りの食事が提供され、生徒の親である貴族達の寄付により運営されている。

食べたい物を選ぶことは出来ないが、栄養バランスは考えられており、味も良いとのことだった。

前世の給食みたいなものと考えれば良さそうだ。

昼食休憩はたっぷり二時間あるので、学園を出て店に行ったり、自宅へ帰って食べる者もいるとのことだった。

エマは漸く、空いているテーブルにたどり着き、皆で座る。

フラフラながらも早足で急いで来たために、同じ魔物学の授業を受けた生徒は見当たらない。

今、ロバートにいちゃもんつけられても、構ってあげられる元気もないので安心する。

席に着けば、食堂の給仕が何も言わなくても食事を運んでくれるシステムらしく、エマの目の前にシチューをメインとしたランチセットが、次々と運ばれてくる。

給仕が最後にふかふかのパンの入ったバスケットを真ん中に置いて去っていった。

がっつかないようにと、給仕がいる間はゲオルグから待てがかかっていたので、お腹の虫は最高潮に鳴きまくっている。大合唱である。

くるるるるるる。きゅうるるるる。くるるるる。

がっつかないようにって言われても、このお腹の音は給仕の耳にしっかりと届いていると思う……。

「よし、食べようか」

やっとお許しが出て、いただきますと言いそうになるところを、他の生徒に合わせて、祈る仕草をしてから食事を始める。

大きな肉の塊の入ったシチューを口一杯に頬張ると、ほろほろと肉が柔らかくほぐれて口の中でとけていく……。

「美味しい!」

エマは、一言発した後は黙々と食べることに集中する。

給食みたいなものと言ったのは撤回しなくては……食材、量、見た目、味、完全に給食を上回っている。

「今日の食堂のメニューはいつもより豪華だな?」

運ばれたシチューの肉を見て、マリオンが嬉しそうに呟く。

「確かに、毎年の寄付額で幾らかの差はありましたけど、こんなに大きくて良い肉はここでは初めてかもしれません」

マリオンに、フランチェスカも同意する。

シチューだけでなく、サラダも、付け合わせの副菜も数品目あり、パンもふっかふかで、去年まで出されていたものとは全然違う。しかも焼きたてだ。

周りの生徒からも嬉しそうに食べる声が聞こえてくる。貴族の令息、令嬢といえども食べ盛りの少年少女、ご飯は学園生活の楽しみである。

「材料もそうだけど、味付けも去年よりも美味しい……割と値のはる香辛料もふんだんに使ってあるし……」

アーサーはそう言って、エマが美味しそうにメインの肉から男前に平らげている様をニコニコと見ているヨシュアに視線を向ける。

……噂では、ロートシルト家が学園に多額の寄付をしたとか。もしもその寄付の使い道がエマのご飯のためだとしたら、我が学友のライバルはとんでもない強敵なのかもしれない。

エマ達が、食堂で念願の食事に舌鼓をうち始めた頃……魔物学の教室ではロバートが怒り狂っていた。

「は?なんでいないんだ?あんな失礼な口を利いておいて謝罪もなしか?」

ロバートは、授業中もイライラが収まらずに全く集中出来なかった様で、教師が教室を出て、足音が聞こえなくなるまで少し待ってから、文句の1つでも言ってやろうとエマ達がいた後ろの席へ向かった。

しかし、既にそこには誰もいなかった。

「おい!そこのお前!エマ・スチュワートはどこに行ったんだ!」

「はっはいっっ授業が終わって直ぐに教室を出て行きました!」

気の弱そうな令息がロバートの質問に震えながら答える。

「ふっつまり、私に恐れをなして逃げたと言うことだな!?」

「どっどうでしょうか?教室を出るときは、少しフラフラしていました……体調が悪かったのでは?」

気の弱そうな令息が、教室を出て行った時の様子を思い出しながら答える。

「はんっ女の癖に魔物学を受けるからそうなるんだ。今日程度の血生臭い授業は日常茶飯事だぞ?」

スライムは出現する度に大きな被害が出る。凄惨な話も授業では語られた。

これだから、女は。黙って言うことをきいていれば良いものを……。

「たかだか、第二王子に気に入られて調子にのっていても所詮は弱い、弱い」

改心してどうしてもと、頭下げるなら守ってやっても良いか?いや、このロバート・ランスに向かって失礼な口を利いたのだ、相応の報復が相応しい。

「おっおっお言葉ですが!ロバート様!」

数人の令息がエマへの悪口に立ち上がる。

「エマ嬢は調子にのってなどいません!エマ嬢はとても内気で優しく、天使の様な子なんです」

「そうですよ!それに弱くなんかないです!」

「はんっバカか?お前ら。現に授業受けただけで、フラフラだったんだろ?なぁ?」

再び気の弱そうな少年にロバートが話しかける。

「はっはいっ……兄弟に支えられて歩いていたみたいでしたし……」

教室を出る手前で一瞬踞りかけたエマを、ゲオルグとウィリアムが両脇から支えていた。顔色も少し悪かったかもしれない。

授業前、ウィリアムが傷が痛むのですね……と仲裁の様に割って入っていたが、本当に痛かったのかも……?

ぼそぼそと早口でロバートに説明をする。

「そっそれはっ」

エマを庇った令息は、ばつの悪い顔で言い淀む。

「ほらな、弱い弱い!」

勝ち誇ったように笑うロバートを見て、令息の口が滑る。

「エマ嬢の顔の傷はスライムによるものだからです!エマ嬢は一年前にスライムに攻撃され、死にかけたのです!今日の授業で、体調が、悪くなっても仕方がない!」

エマを庇った令息達の大半は、パレスに近い辺境貴族の令息で、魔物と縁遠い王都の貴族よりも詳しい事情を知っていた。

王都でも王子を庇い傷を負ったとの噂はあったが、魔物が関係していることを知らないものも多い。

もちろん局地的結界ハザードの報告書は提出してあるが、関心の薄い王都では好んで読む者も少ない。

女の子の顔に大きな傷跡が残っている、事情を知っている令息達も言いふらす様なことはせずにいたが、思わずエマを庇いたい一心で、口が滑る。

「ほぉ?あの醜い傷跡は……スライムに?」

ニタァ……と嫌な笑みがロバートの顔に浮かぶ。

口を滑らせた令息は、しまったと手で口を塞ぐが、遅い。エマのトラウマを教えてしまった。

「おい!ブライアン!ブライアン!」

がっがっと机を蹴り、授業が始まる前から爆睡をしていた少年を、乱暴に起こす。

「んー?ロバート様……授業……始まります?」

寝ぼけた声で、ブライアンと呼ばれた少年がロバートを見てゾッとする。

去年も、一昨年も、ずっと前から覚えのある嫌な笑みを浮かべている。

幼なじみであるブライアンだけが何を意味するか知っている。

これは、新しいオモチャを見つけた時の顔だ。

ロバートはオモチャが壊れるまで、執拗に遊び続ける。

今年のオモチャは誰なんだ?

かわいそうに……。

「ブライアン、行くぞ。良いこと思い付いた」