Tanaka family, reincarnated.
A magnificent story (fiction) that begins with a note.
ゲオルグがそっとレオナルドにメモを渡す。
「……なるほど」
さっと目を通し頷くと、レオナルドが未だに土下座のままの外交官達に目を向ける。
・忍者侵入 19人 捕獲済み(エマ籠絡完了)
・外交官の中に一人忍者潜入中
・イモコおじいちゃん皇国人の可能性有り
(マーサが皇国語聞き取り可能なことから発覚)
・皇国 魔石鉱脈の宝庫で王国は魔石を欲している
ゲオルグのメモの最後を見て、外交官がここまで必死にエマを求めたことにやっと納得がいく。王国の鉱脈はもう満足に取れるほどの魔石は残っていない。
魔法使いが現れたとしても王国を覆うほどの結界魔法を貯める魔石を用意できなければ、国は100年も経たずに滅びてしまう。
レオナルドが子供の頃は、まだ今よりも魔石は身近なものだった。
結界魔法以外の魔法が貯められた魔石は、上流貴族のステイタスの様に語られ前世の便利家電の役を担っていた。
スチュワート家は当時はあまり裕福で無かった為にレオナルドは魔石なんて見たこと無かったが、学園や社交界で自慢する声を聞く度に、何故それを魔物を倒す魔法に使わないのか憤ったものだった。
魔物の侵入を防ぐのに命懸けで働く狩人が自領には沢山いた。
こんな、くだらない自慢に使われるくらいなら一匹でも魔物を倒せる魔石を辺境の防衛に使って欲しかった。助かる命もあっただろうに。
貴族達はこぞって魔石を求め、当時の魔法使いに様々な魔法を込めてもらうのに莫大な資産を削っていった。
魔石に貯めた魔法は、使えば減るというのに、自慢のためだけに幾度となく披露され消耗していく不毛な行いのせいで、王国の魔石は無駄に減り、とうとう鉱脈も枯れてしまった。
結界魔法を貯めるための魔石は、代々王家がストックしていたはずなのに知らぬ間に管理を任された貴族が小遣い稼ぎに流していたことが発覚し、今や魔石は王国がどれだけ大金を払おうとも手に入れたい貴重品と成り果てていた。
一年前の局地的結界ハザードが辺境に置かれた魔石の結界魔法の残量が残り少ないことを物語っている。魔物の危機感の薄い王城の人間でも重い腰を上げざるをえない。
魔法使いが現れれば、一時は凌げるがその後が問題なのだ。
皇国が魔石鉱脈の宝庫なら王国はなんとしても手に入れなければ、この国の結界は消えてしまう。
魔法使いが現れなければどちらにしろ結界魔法は貯めることは出来ないが、魔石さえあれば魔法使いが現れた他国に赴き結界魔法を貯めることも出来るのである。
「スチュワート伯爵、その紙は?」
メモを読んで、難しい顔になったレオナルドを国王が訝しげに見ている。
まさか、国の内情を憂いているとも言えず笑って誤魔化す。
「いえ、エマの主治医からの報告です。順調に回復しているので心配は無いと言うことです」
「…………そう……か……」
上手く誤魔化したつもりのレオナルドだが、メモを読んでいる時の顔は深刻そのものだった。元々の強面も相まってエマの病状は思わしくないのだと国王だけでなく、隣のタスク皇子ですら勘違いしたことを気づいていない。
「あまり、長居をしてはいけないね。そろそろ失礼することにしよう」
エマシルクのカバーを傷付けないように、ゆっくりと国王が腰を浮かせる。
タスク皇子もそれに従い席を立とうとした時、土下座のままレオナルドの表情が見えなかった外交官のオリヴァーが口を開く。
「恐れながらっ!皇国語の話がまだでございます。エマ嬢が回復されたのなら是非ともお話を」
しつこい……が、王国の内情を知る者としては、魔石を手に入れるために必死になることは、頷ける。
パニックを押さえるために自国の鉱脈が枯れたことは、公にされていない。
ロートシルト商会からの情報がなければレオナルドも知らないことになっている。
ヨシュアの父親と飲む度に知りたくもない話を延々聞かされるのは毎度の事で、いつの間にか情報通になってしまうのは致し方がないのだった。
「オリヴァー。エマちゃんは昨日倒れたばかりなのだ。国を思う気持ちも分かるが、今日は帰ろう」
国王とて、逸る気持ちはオリヴァー以上だが、あのレオナルドの表情を見れば同じ娘を持つ父親として強く出ることは出来ない。
「しっ、しかし陛下!このままでは……せめてどのようにして皇国語を習得したのかだけでも!」
昔からそういう男だった、とメルサはため息をつく。
感情や空気など無視をして目の前の問題に愚直に向き合う。学園の成績はいつだって私が一番だったが、二番は、常に彼だった。
性格に難はあれど、国のために勉強し、懸命に働く姿は今も昔も変わらない。
「一生懸命、勉強したのですよ。あの子も……」
諦めたようなメルサの言葉にオリヴァーがバッと顔を上げる。
「え?」
「あの子は、昔から病弱で外に出ると言っても家の庭までしか許されていませんでした。庭までがあの子の世界の全てだったのです。庭で会った生き物(虫)や植物(虫の餌)を覚えることで、その寂しさや辛さを紛らわしていたのです」
壮大な、メルサの作(・)り(・)話(・)が始まった。
「パレスの屋敷には、イモコという高齢の庭師がいます。庭で駆け回ることの出来ないエマに色々な事を教えていました。その一つが皇国語だっただけの事……」
「バカな!何故、その庭師が皇国語を話せるのだ?それに、我々とて学ぼうと努力はしたのだ!そんな少女が何故理解出来るのだ!?」
到底、納得は出来ないとオリヴァーが首を振る。
「努力?それは10年間、毎日毎日、何時間もした上の努力ですか?辺境のパレスでは絶えず魔物が現れるためにレオナルドも私もエマに割く時間は限られていました。兄弟も貴族教育に魔物教育と忙しく、エマは寂しかったのです。庭師のイモコに少しでも長く構って貰おうと必死で皇国語を覚えたのでしょう……」
ぐすっ
メルサの作り話にうっかり国王が涙を拭っている。
ワイルド系ガチムチイケオジが、人目も憚らず大粒の涙を溢している。
ぐすっ
横のレオナルドも、何故か泣いている。
……いや、お前……エマにうざがられるくらい毎日毎日くっついてただろう?
狩りの現場までエマを同行させて、強い!お父様!すごーい!って言われてデレデレしてただろ?
何で泣いてんのよ?
ゲオルグも、そんなどん引いた目で陛下と父親を見るのはやめなさい!
心の声でメルサが注意するも、レオナルドの涙は止まらないし、ゲオルグのどん引きも収まらない。
「イモコが教えたその言葉が、皇国語だったと知ったのは昨日でした。異国の言葉だというのはわかりましたが、我々は恥ずかしながら皇国、という国自体知らなかったのですから……」
こんなに急に、協力を求められても困りますと案に仄めかす。
「…………我が国に、オノノ・イモコと言う人物がいたと聞いたことがあります」
それまで黙っていたタスク皇子がポツリと話し始める。
「生まれて直ぐに意図的にバリトゥへ連れられ、バリトゥで育ったあと、皇国語を学んだ、我が国唯一のバイリンガル……。50年前に乗っていた船が転覆し、行方不明となりその彼の死によって開国は100年遅れるだろう。そう言わしめたオノノ・イモコがその庭師の可能性が高いです」
ゴクンっとメルサは生唾を飲み込む。
嫁に来た時既にイモコは庭師として、スチュワート家に仕えていた。
レオナルド曰く、生まれる前から仕えてくれている一番の古株ということだったが、その時から王国語は普通に話していた。
皇国語など、話しているのも勿論聞いたことなど無い。早めに手紙を送り、口裏を合わせて貰わねば……。
……いや、それがうちの庭師なら……大物すぎないか?
「エマ様には、大変負担だとは、理解しています。しかし、皇国と王国の国交のために力を貸してはもらえないでしょうか?」
タスク皇子がレオナルドとメルサに向かって頭を下げる。
懐かしい日本的な綺麗なお辞儀と共に。
「申し訳ありませんが、(トラブルメーカーの)エマには荷が重い話です。タスク皇子は、殆んど王国語を理解しているようにお見受け致しますが、それでは不足なのでしょうか?」
エマに王国の運命など任せられる訳がない。
本人の知らぬところで全ての交渉に一悶着、二悶着、三悶着起きること間違いないのだから。
「今、王国語を話せるのは、私のみなのです。鎖国が長く続き自国の民は外国語を学ぶということに慣れておりません。外交、交渉、教育を一人でするには人も時間も足りません。そのような余裕は、我が国には残されていないのです」
頭を下げたまま、ぎゅっと手を握るタスク皇子を見て、皇国の食糧難は本当に深刻なギリギリの状態なんだと理解する。
皇国も、王国もじり貧。この国交は必ず成功させなければならないのだ。
「わかりました」
メルサが折れる。
「では、私とレオナルドがお手伝い致しましょう」
「……はい?」
「私達が、いつまでもエマに寂しい思いをさせ続けているとでも?」
「……ん?」
「スチュワート家は全員、皇国語を話せますから」
「……?」
「……?」
「……?」
「「「「「はいぃぃぃい!!!??」」」」」