「どういうことだ?ロバート。私はお前に炊き出しを任せたはずだ。何故王家からこのような手紙を貰わなければならないのだ」

夜会の翌日、ロバートは父親に呼ばれ書斎へ行った。

そこには眉間に深いシワを作った父がランス家の行う炊き出しの不備を指摘する内容の手紙を高々と掲げていた。

「ランス家の家名を汚すような真似をするなといつも言い聞かせていたのに……失望したよ」

「……申し訳ございません、お父様」

ロバートは、謝るものの反省の色は見えない。

そもそも炊き出しは現公爵である父が責任を持って行うべきものだ。

それを自分がやりたくないからと言って、押し付けておいて問題が起きたら叱るなんて理不尽すぎはしないか。

炊き出しだって、父がやっていたことと同じ様にしろと使用人に命じていたのだから、父のやり方に不備があったと言いたい。

しかし、父に口答えなんてできるわけがない。

あいつが夜会でいらないことを国王に言うからこんなことになっているのだ。

エマ・スチュワート…………思い出すだけで腹が立つ。

全部、あいつが悪い。

今に見てろよ、明日学園で痛い目に合わせてやる。

父親の説教のあと、ロバートはブライアンを呼び出し、広いランス公爵家の庭の奥へと進んでいた。

「ロバート様?何処へ行くのです?王家からの手紙がランス家に来たということは、明日には僕の家にも来るかもしれないので対策を練りたいのですけど…………」

ランス家の前の週に炊き出しをしたのはブライアンの家だった。

ロバートの話を聞いたブライアンは、なんとか怒られずに済ませたいと頭を抱えている。

「うるさい、さっさとついて来い。どうせ怒られるのだ、仕返しの準備をする方が効率的だろう?」

ブライアンの訴えを却下し、ロバートはずんずんと庭の奥の更に奥の奥へと足を進める。

ここまで来ると、ランス家に仕える使用人でも足を踏み入れる者はほぼいない。途中、頑強な鍵付きの柵に着き、行き止まりだと足を止めたブライアンだが、ロバートはポケットから鍵を取り出し、柵の中へとまた、進む。

「ろ、ロバート様?ここは一体?何処へ行くのですか?」

相当歩いたのに、ロバートはそのあとも何度か鍵付きの柵の鍵を開けながらどんどんと、草木の繁った林の中の道を進む。

進むにつれて現れる柵は、強固な物になって一級の大罪人でも閉じ込めているのかと思うほどの厳重なセキュリティにブライアンは嫌な予感しかしなかった。

「これで最後だ。この中にエマ・スチュワートが泣き叫ぶものが入っている」

ひひひっと笑うロバートの顔ですら引きつっている。

そんなに、ヤバいものなら行かなきゃ良いのにと思うが、父親に叱られるということは、下手をすれば跡取りの資格を失う危険を孕んでいる。

特に、ロバートなんかは従兄弟の数が多く、代わりはいくらでもいるのだから。

そんな窮地に立たされる切っ掛けを作ったエマに、何としても仕返しがしたい一心でここまで来たロバートなのだが、最後の鍵を回すのを躊躇っている。

「やっぱり、帰りましょうよ、ロバート様。明日の魔物学の予習をした方がまだマシです」

魔物学の教師は怖いのだ。

質問に答えられる様にしておかなければ、おちおち寝てられない。

「ふっふん。俺様がこっこんなのにビビってる訳がないだろう?ブライアン見ろ、これを、あいつに投げてやろうぜ」

キイィィとロバートが、最後の柵を開ける。

「…………?」

投げられる大きさの物なら危険は無いだろうとブライアンが柵の中を覗く。

薄暗く、何度か瞬きをして目を慣らすとそこはサンルームの様な作りになっており、見たことの無い植物が生い茂っていた。

「ロバート様……何を投げるの…………で…………す…………」

カサカサカサカサカサカサカサカサ………………目の前を横切る黒いモノを視界に捉えたブライアンが固まる。

あれは?なんだ?

なんだ?

カサカサカサカサとブライアンの足元にもそれがいた。

「うっうぎゃぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」

目にした瞬間、あまりにもの気持ち悪さでブライアンは叫ぶ。

なんて、なんて、なんて、なんて……いや、何なんだアレは?

「ろろろろろろロバート様っあんなもの…………投げても大丈夫なんですが?もし、僕がされたら…………おえっ……悪魔ですか?貴方は!」

あんな、おぞましいモノ見たことがない。

アレを投げる?

怪我をする可能性もある。

学園内で令嬢、今や聖女なんて呼ばれ始めている令嬢にアレを投げるのか?

……ショックで死んだり……とかしないよな?

「おい、ブライアン。さっさとアレを集めろ。あーゆーのは数がある方が威力倍増するからな。この箱に詰めて、上からひっくり返してやるか」

ひひひっと楽しそうにロバートが笑っている。

アレを集めろだなんて、どんな拷問だよ…………。

トングを渡され思ったよりも動きの早いそれを、ゾワゾワと襲ってくる寒気と戦いながら、ふたりで箱に詰めた。

「ひひひっエマ・スチュワートの泣き叫ぶ姿が目に浮かぶ…………」

ロバートの高笑いが、空になったサンルームに響いていた。