That Ordinary Mister is a War God

14. Yagami Fai Ingway

 帝国が誇る八神輝(レーヴァテイン)のひとりにイングウェイという男がいる。

 彼は虎の獣人で、隠密と言われる職業を極めたと言われていた。

 彼の目下の仕事は、魔物大量発生事件の手がかり探しである。

 ミーナが召喚術の可能性が高いと指摘されても、呼称は変更されなかった。

 闇の召喚術が実在するとして、それを知っている存在がいると敵に知らせる必要はないと皇帝は考えたのである。

 イングウェイはミーナから闇の召喚術についていろいろと質問した。

 すぐ近くにバルがいるタイミングを狙ったせいか、ミーナはていねいに教えてくれた。

(強大な実力者であれば触媒も召喚陣も不要だが、そうでなければどちらかはある……魔物の骨やフンが多いのか)

 ただの動物の死骸では効率が悪く、膨大な量が必要になるという。

(さらにすぐに誰かに食べられたり、土に還ったりしやすいから、証拠を残しにくいとか)

 どうして魔物の骨はただの動物のものよりも土に還りやすいのかという点は長年の研究課題のひとつだ。

 動物になくて魔物にあるものと言えば魔力だが、それだけでは説明がつかないという。

 学者ではないイングウェイはそこで思考を中断し、オーガが大量発生した地から少し離れたところにある森に入る。

 誰の手も入っていないところだからか、道は狭く背の高い雑草は伸び放題であった。

 何の知識も経験もない一般人であればすぐに疲れてしまっただろうが、イングウェイにしてみればきれいに整備された平らな道を行くのと変わりない。

 ただの青いシャツとクリーム色のパンツという、森の中に行くのに不向きな格好をしているのに彼は平然としている。

 もしも彼の姿を目撃する者がいればあまりのギャップで不審に思ったかもしれない。

 イングウェイは誰かに見られるようなヘマはしなかったが。

(とは言え、残っていない可能性は高いかな)

 彼は内心そう思っている。

 八神輝の面々は帝国内各地を飛び回り、魔物の大軍を撃破し、その後第二波に備えていた。

 痕跡が消えやすい触媒が使われていたのであれば、すでに消えてしまっていると考えたほうが自然だろう。

 それでも万が一、いや一億分の一くらいの可能性に賭けなければならない。

 彼は帝国で生まれ育った生粋の帝国人であり、愛する故郷を脅かす存在には義憤めいた怒りしかなかった。

 森の中を丹念に調べていくと、巧みに隠された地下道への入り口を発見する。

 たいまつは持っていないが、彼は真っ暗闇でも平気で活動できるよう訓練を受けていた。

 魔術で光源を生み出すことは何となく避ける。

(事が終わったのであれば、地下くらい潰しておけばよかろうに。まだ使っているのか、それとも無関係な第三者なのか?)

 厄介なのは罪のない者たちが何らかの事情で拠点を作っていたという場合だ。

 盗賊の類であれば容赦なく殲滅してしまうのだが、何も悪いことをしていない者には何もできない。

 するとすればせいぜい注意を促すくらいだろうか。

(……俺のように調査を続けている者を誘い込む罠という可能性もあるか。そういう意味では俺が来てもよかったのかもしれんな)

 冒険者たちに精度の高い調査能力と傑出した戦闘力の両方を要求するのは酷である。

 八神輝ですら複数の能力が高い者は珍しいのだ。

 彼は地下奥からわずかな魔力を感じて、目を細める。

 表現するならせいぜい髪の毛一本ほどの気配であり、ほとんどの者では気づかないものをしっかり感じとった。

 これは彼の固有技能ではなく、八神輝では常識的な範疇である。

 音と気配を殺して木のドアをそっと開けると、黒いローブを着た怪しい小男が黄色の巨人を前に喜んでいた。

(黄色い皮膚に黒いひとつ目の巨人……トロールか?)

 トロールはオーガの上位の魔物とされ、オーガよりも遥かに腕力がある上に動きが速い。

「やったぞ、トロールの召喚に成功だ……。これを実用化させたら帝国めにも一泡吹かせられる。そうすれば俺は出世できるぞ」

 トロールを召喚できるくらいなのだから召喚の技量は悪くないのだろうが、気配探知能力はお粗末のようだとイングウェイは思う。

(だが、見過ごすわけにはいかんな)

 帝国騎士であればトロールの一体や二体くらいは対処できるはずだが、群れを送り込まれるとなると非常に苦しくなる。

「さて、お前の名前や組織、目的からすべてを吐いてもらおう」

 背後から彼が声をかけると、男はぎょっとしてふり向く。

「な、何だ? お前? 誰だ? いつから見ていた?」

「質問をしたのは俺だ」

 激しく動揺する黒ローブに対してイングウェイは低く冷淡な言葉を吐いた。

「おとなしく全てを話すなら、痛いめに遭わせないでおいてやる」

「お、お前は馬鹿か? このトロールが目に入らないのか?」

 黒ローブが腕を振るとトロールの黒い目がイングウェイに向けられる。

 どうやらきちんと制御できているらしい。

「トロールを召喚し制御するほどの力……人々のため、国家のために使おうとは思わないのか?」

 イングウェイが厳しい声で話しかけると、黒ローブは激怒する。

「だ、黙れ! オーガを使役できれば防衛戦力として頼もしくなるという俺の提案を却下したあげく、危険人物扱いしたのは帝国ではないか! 俺だって帝国で出世したかったのに……」

 最後には本音が垣間見えた気がして、イングウェイは意外に思う。

 これならば交渉の余地があるかもしれないと判断して、彼は自分の名を明かす。

「だったら今からでも間に合うのではないか? 俺は八神輝(レーヴァテイン)のイングウェイだ。全てを話して悔い改め、帝国のために働くと誓うのであれば、俺から陛下に恩赦をお願いしてやるぞ」

 彼の申し出は帝国の復帰を望む者には願ってもないことだったろう。

 しかし、黒ローブは叫ぶ。

「八神輝のイングウェイだと!? 貴様を殺せば俺は一気に幹部だ! 覚悟しろっ!」

「……うん?」

 てっきり命乞いをされると思っていたイングウェイはきょとんとする。

「さあ、トロールよ、目の前の男を殺せ!」

 召喚者の命令に従いトロールは動く。

 巨体とは裏腹に燕よりも速くイングウェイに迫る。

 トロールと対峙した者はまずこのスピードに面喰い、反応が遅れて瞬殺されてしまうケースが大半だ。 

 だが、イングウェイは当てはまらない。

「いや、何故トロール程度で俺に勝てるつもりでいる?」

 彼は不思議そうにしながら右腕を高速でふるい、トロールの巨体をバラバラにする。

 トロールは自分が何をされたのか理解する前にあっけない死を迎えてしまった。

「貴様、本当に帝国関係者だったのか……?」

 トロールが一万もいればまた話は違ってくるが、一体ごときで八神輝をどうにかしようなど、にわかには信じられない感覚である。

「俺は、俺は」

 黒ローブは突然苦しみだしてその場に倒れ込む。

 イングウェイが不審に思い近づくと、すでに息絶えていた。

「……気味悪いな。おまけに胸くそ悪い」

 彼は嫌悪を隠さず吐き捨てる。

 ミーナに意見を聞いたほうがよさそうな一件だ。

 そのためにはバルの耳にも入れておくべきだろう。