翌朝、ニワトリが鳴いてしばらく経ち、空が明るくなってきた頃、カイルが小さな袋を持って馬小屋までやってくる。

 外に出て迎えたバルに少年は心配そうな藍色の視線を向けながら発言した。

「おっさん、腹減ってないか? 大丈夫か? 残りもんでいいなら持っていけって父ちゃんが許してくれたから、昨日の残りを持って来たんだけど」

「おお、ありがとう」

 バルは少年の親切を遠慮なく受けとる。

 農村の残り物だから、野菜クズと硬くなったパンのかけらだったが、親切心がうれしい。

「君にはいろいろと世話になって申し訳ないなぁ。何かお礼ができればいいんだけど」

「おっさんにそんなカイショウはないだろ? 気にしなくていいよ」

 カイルはませた顔で笑う。

 二十歳以上も年が離れた子どもに甲斐性なし呼ばわりされたバルは苦笑する。

「それじゃ私の気がすまないんだが」

 大人相手ならばともかく、子ども相手だったら多少食い下がってもよいだろうと彼は判断して言った。

「うーん、じゃあさ、おじさん、帝都の騎士に知り合いはいるかい?」

「え、どうしてだい?」

 バルは目を丸くする。

 帝国が擁する九の騎士団の団長、各騎士団を統率する将軍ならばたまに顔を合わせるし飯も食う仲だ。

「俺、三男坊だからさ、もらえる田畑がなくて、他に仕事を探さなきゃいけないんだ。だったら騎士か冒険者になろうかなって」

「なるほど……」

 彼はカイルの言わんとすることを理解する。

(よくある話だな)

 生まれた家が豪農であればともかく、普通の家では三男四男に与えられる仕事がない。

 自分で探して独立してやっていかなければならなかった。

 そのわずかなとっかかりを期待して、バルに親切にしてくれたのだとしても、当たり前の処世術である。

 もっとも、目の前の少年にそのような計算ができるようには見えないが。

「じゃあちょっと武器を扱っているところを見せてもらってもいいかい?」

 バルの問いにカイルはきょとんとする。

「いいけど、おっさん、分かるの?」

 さえないただのおっさんに武器の扱いの巧拙が理解できるのか、と少年が思ったのは当然だ。

「いや、知り合いに紹介しようにも、君の得意武器も知らないんじゃ無理だからね。知っていればちょっと見てやってくれないか、くらいは言えると思うよ」

「ふーん? そういうもんなのかな」

 カイルは納得したのか、走って木の棒を取って来る。

「じゃあちょっと見てくれよ」

 彼は棒を振り回したり、誰かのまねらしい動きを時々見せた。

(可哀想だが、才能はなさそうだな)

 少なくとも剣士としての才能はほぼないとバルは判断する。

「君は騎士になれなかった時のことは考えているかい?」

 彼に聞かれた少年は手を止めて、小さくうなずく。

「冒険者になればいいんだろ?」

 バルはどう言えばいいのかと迷う。

「それもダメだった時のことを考えておいたほうがいいよ」

「そういうものなのか?」

 少年は冒険者になれないという展開を想像できないらしく、眉間にしわ寄せる。

「ほら、おじさんみたいにいつまで経ってもうだつが上がらない人生になってしまう可能性もあるからね」

 バルが自虐気味に悪い可能性を指摘すると、カイルは少しだけ納得した。

「そっか……怪我したりするかもしれないもんな」

 少年の反応はやや違っていたが、冒険者以外のことに目を向け始めるのは悪いことではない。

「例えばインバーさんにリタさんへの紹介状を書いてもらうとか」

「ええ、インバーおじさんにか……」

 カイルは「それはない」と言いたそうな顔をする。

 どうやらインバーはかなり難しい人物であるらしい。

「たとえばの話だよ。他に大きな街か帝都に住んでいる村の人はいないのかい?」

「何人かはいるな。……そういうことか」

 カイルは紹介状を用意してもらうために、村人を頼ればよいのだと気づく。

「ありがとう、参考になったよ」

「役に立てたのなら何よりだよ。じゃあそろそろ私は行くね」

 バルはそう言ってカイル少年と別れる。