That Ordinary Mister is a War God
Messengers
「本当は陛下の伝言を持ってきたんだよ」
バルは本来の役目をようやく打ち明けると、シドーニエは橙色の目を丸くして息を飲む。
「あなたが使者になるだなんて、陛下はずいぶんと慎重ですわね」
使者はたしかに大事な役割だ。
しかし、それなりに身分の高い信頼の置ける者に護衛をつけるのが一般的である。
八神輝(レーヴァテイン)ならば重要な使者の護衛として選ばれるのはあり得るだろうが、使者そのものに抜擢されるとは。
「私ならば万が一の心配はいらないとおっしゃっていたな」
バル自身、シドーニエに同意できるため苦笑する。
「それについては同意できますが、役不足という言葉がこれほどふさわしい状況、私はとんと存じませんわ。……それとも、それほどまでに重要な情報ですの? できるだけ知る者が少ないほうがいいような?」
彼女は笑うどころではなく、探るような視線を向けた。
最強のバル自身が送りこまれるとすれば、皇帝と八神輝以外誰にも知られてはいけないほどの機密情報なのではないかと勘ぐったのである。
「いや、そうじゃない。ただ、君と目立つような会いかたをして、敵にいろいろと考えさせるようにしてこいと言われたな。もしも、敵側のスパイが入り込んでいる場合だが」
バルは説明してから確認した。
「その点は気づいていたから、あのようなまねをしたのだろう?」
目立ちたくなければ、転移魔術を使えばよかったのである。
シドーニエがあえて使わず、道を通って耳目を集めたのは彼がやってきた理由を察していたからではないかと考えられた。
「隠密を好むあなたが、あのような訪れかたをしたのですもの。目立つのを避けなくてもがよいのかと思っただけですわ」
彼女はにこりとして答える。
若く美しい女性であるということと八神輝であるということに注目されがちだが、そればかりではないところを見せた。
「見事な判断だ。本題に入ろう。君の担当全域の警戒ラインを引き上げてもらいたいというのが一点」
「……敵について何か分かったのですか?」
シドーニエの疑問は当然だろう。
しかし、バルは首を横に振る。
「残念ながら。ただ、我々の国力について、同じ大陸の国々はある程度知っているはず。知らないとすれば、他の大陸の国ではないかという推測が出てな」
「なるほど。これまでわが国が陰謀の類と無縁だったのは、私たちがいたからでしょう。他の大陸の者の仕業と考えれば納得できます。それに大陸の外となると、わが国も情報収集拠点がないに等しいですわね」
シドーニエはどうして思いつけなかったのだろうと悔しそうに唇を噛む。
「仕方ないさ。不意を突かれて混乱していたし、第二撃が来ないか神経をすり減らしていたのだから」
バルは気楽な様子で両手を広げた。
彼ほど楽観的に受け入れ、気持ちを切り替えることができないのがシドーニエなのだが、彼に言ったところで無駄だと知っている。
そのため、長く息を吐き出して当面のことに心を向かわせた。
「つまり大陸外からの場合、海を使ってやってくる可能性が高い。だから東にいる私にも警戒をということですね」
彼女の言葉に彼はうなずく。
「そうだな。我が国は西以外、海に面している上に領土も広い。水も漏らさぬ警備をするわけにはいかないだろうが、だからと言って何も手を打たずに置いておくこともできない」
「そこで八神輝の出番というわけですわね。私たちならばひとりで十キロ平方メートルくらいは担当できますし」
シドーニエはさらりと恐ろしいことを言い放つ。
いったい普通の兵士何人分の働きなのか。
もちろん彼女もバルもここで吟味したりはしない。
「そういうことだろうな。八神輝を何人か分散して配置し、残りを騎士団や貴族の私兵に任せる。力技もいいところだが」
バルは声を立てずに笑う。
八神輝の実力ありきの戦略が彼には愉快だった。
「八神輝頼みの戦略、逆手に取られる心配もしたほうがよろしいのではなくて?」
「同感だが、今いきなりやれと言っても無理だろう」
シドーニエの懸念は当然だとバルも思う。
だが、火急の事態への対応をしながら、構造改革をやれというのは無理難題にもほどがある。
せめてすべての貴族たちが皇帝に忠実ならば、まだ可能性はあるのだが。
「どうせ慎重になるなら、八神輝が機能できなくなる事態を想定しておくべきだと思いますの」
「間違ってはいないな」
彼女の言動から当代皇帝に批判的な態度がうかがえる。
彼女に言わせれば臆病者の癖に、八神輝を頼れないという最も恐ろしい事態への備えを怠っているのは愚かでしかない。
容易ではないに決まっているが、だからこそないがしろにしてはいけないというのが彼女の考えだ。
皇帝はシドーニエが自分に批判的なことを知っている。
だから皇太子問題の時に自分を支持してくれそうな八神輝としてシドーニエの名前を挙げなかったのだし、今日の使者をバルにしたのも同じ理由だ。
(慎重な陛下らしいが)
と彼は思っても言わない。
口にしたのは別のことだ。
「しかし、具体的にはどうする? 魔術長官や将軍、もしくは冒険者ギルドに負担をかけることにならないか?」
バルは何かアイデアはあるのかと彼女にたずねたのである。
シドーニエは批判のために批判をするような性格ではない、と彼は思っているからこその質問だ。
「ええ。学校教育があるでしょう? あれのエリート版をやってはいかがかしら?」
案の定、彼女はすぐに自分のアイデアを言語化する。
「学校教育のエリート版? 集団教育では育てられる側が均一化されやすい点を利用して、一定水準のエリートたちを育てようというのか?」
「さすがバルトロメウス、話が早いですわ」
バルの言葉にシドーニエは手をたたいて喜ぶ。
「確かに各部署に負担をかけることになると思います。ですが、その見返りは期待できるものではありません?」
「エリートたちを輩出できる機関が生まれたら、メリットは大きいな。ただ、指導者の用意が大変そうだな。まさか現役から引き抜くわけにはいくまい」
彼は彼女のアイデアの素晴らしさを認めつつ、現実的とは言えない気がしていた。
だが、不意にひらめいたことがある。
「そう言えば元・八神輝は何名かまだ存命だったな。彼らに頼むつもりなのか?」
「……お見事ですわ、バルトロメウス。私の考えを読まれましたわね」
シドーニエは敬意がたっぷりこもった賛辞を贈った。
対するバルは黙って肩をすくめる。
「それだけじゃ人手不足は解決しそうにないぞ」
彼はじっと彼女の橙色の瞳を見ながら聞いた。
「それとも他に何か案はあるか?」
「いいえ。そこまで思いついていれば、自分で陛下に奏上しましたわ」
シドーニエは悔しそうに答える。
「そうか。私も私なりに何か考えてみるが、かまわないか?」
「ぜひ。バルトロメウスであれば、いろんな方から知恵を借りられるでしょうし、よりよいものにしてくださいませ」
彼女は自分が発案者だということにこだわりもないらしい。
「分かった。ひとまず君の意見は持ち帰らせてもらうよ」
「よろしくお願いします」
こうして八神輝同士の会話は終わった。