That Ordinary Mister is a War God

Abyss, Duke of the Demonic Realm

 中央大陸に出現した魔界の軍勢は各国の精鋭たちにからくも撃破された。

 各国首脳は甚大な被害を嘆き、お互いの奮闘をたたえ、引き続き魔界に対する警戒をおこたらないことで意見を一致させる。

 一方で敗れた魔界の兵はあるところへ報告に行った。

 それは魔界の中でも最も恐れられている存在がいる城である。

 漆黒の玉座に座っているのは魔界を統治する四公爵の一角アビスだった。

 見た目は悪鬼と言うよりは三十歳くらいの人間と変わらない。

 紫色の皮膚と禍々しい金色の瞳、それに額から伸びた黒い角、背中から生えている黒の翼が

人間とは違うところだ。

「閣下……今のところ手勢はどこも苦戦しているようです」

「であるか。地上生命どももなかなか敵ながらあっぱれよな」

 アビスはそう言って薄く笑う。

 彼は同胞たちとは違って地上の生物たちをあなどってはいなかった。

「ゲパルドゥを倒したという今の英雄の情報は?」

「とんと見当がつきませぬ。忌々しい結界のせいで、我らは狙った地点に侵攻できませぬ。それさえなければ

手の打ちようがあるのですが」

 報告者は弱音を吐いているような回答をする。

 相手がアビスだからこそ許されることだとわきまえていた。

 他の公爵や元帥の前で同じことを言えば、たちまち体を八つ裂きにされるだろう。

「ならば迂遠であるがマーズリーの手を使うが吉であるな」

 とアビスは言った。

 マーズリーとは元帥の一角であり、最も慎重な策を弄する男だ。

 地上に行ける弱い民を使って地上の人間を手なずけ、手引をさせようというのである。

「『闇の手』を名乗る組織の成果はあまりあがっているとは言えませんが」

 報告者はそう言った。

 てこ入れ案があるならば教えてほしいという願いを込めての発言である。

「一つだけなのだろう? 参謀型の奴らを動かせ。組織をあと五つほど作らせろ」

「はっ」

 アビスの命令は事実上、魔界の民とって絶対だ。

 魔界帝は原則彼らに何も言わないし、公爵同士は干渉し合わない。

「できればゲパルドゥを倒した猛者と相まみえたいものよ……」

 アビスは楽しそうに言った。

「もっとも我の優先事項は地上を制圧し、我が神に献上することだが」

 独り言をつぶやいて彼は目を閉じる。

 一年など一瞬にしか思わない魔界の民であるアビスにとって、待つことは苦痛ではない。

 もっともすべての同胞が彼と同じというわけではなかった。

 我が強く欲望に忠実な者たちは待てないと騒ぐだろう。

 そういった者たちを先遣隊として地上に送り込めばよい。

 不満をなだめているように見せかけ、安定を乱す要素を排除するのだ。

 アビスは魔界の四公爵の中でも最も温和だが、意に沿わない存在には容赦しない。

「アビス様がそうおっしゃったのか」

 アビスの配下の元帥と将軍たちは軽くざわめく。

 彼らにとってアビスこそが絶対の支配者だった。

 魔界帝は信仰の対象であり、服従とは少し違う。

 他の公爵とは指揮系統が違うので従う義理も義務もない。

「マーズリー元帥」

 とヒューゴー将軍が声をかける。

「ああ。ヒルゲンの作戦を進めさせろ。グラオザーム、貴様の配下にも協力してもらうぞ」

 マーズリーの言葉にグラオザームはいやそうな顔で首を縦に振った。

「アビス様の判断ならやむを得ん。もっと直接的な攻勢を仕かけたいところだが」

「そのための準備が必要だと言ってるんだ」

 じれったそうにマーズリーが言い返す。

「少しずつだが、神々の結界は弱くなっている。我々が今までやってきたことは無駄ではない」

「だといいがな」

 グラオザームは皮肉っぽく言った。

「神々の結界さえゆるめることができれば、我々が直接侵攻できるのだぞ? 何か不満があるのか?」

 マーズリーの言葉に彼は黙る。

「賛成だが、チマチマしているのは性に合わん。下級の民を大量に送り込むべきだろう」

 とラオブ元帥が主張した。

「同感だな」

 グラオザームをはじめ多数が支持をし、マーズリーはそっとため息をつく。