王都を出発してから二日が経過した。

僕らは無事に、聖剣が保管されている神殿へと辿り着いた。

神殿を門を前にして、僕は緊張に息を呑んだ。

勇者は必ずこの神殿で聖剣を手にし、魔王を討ち果たし指名を終えると再びこの場所に聖剣を返還し次代の勇者へと受け継いでいく。

その古から連綿と続いてきた行いに、新たな勇者である僕が加わる番だ。

道中は同行していた国の兵たちが護衛をしてくれており、厄獣(モンスター)が出現した際にも迅速に処理していた。

けれども、神殿の中へは僕と王族の人だけしか入れない決まりになっている。

つまり、ここからは二人だけだ。

「勇者様、どうなさいましたか?」

「あ、いえ……ちょっと緊張しているだけです」

門の前で立ちすくむ僕に声を掛けたのは、神殿へ足を踏み入れるもう一人──王女様だ。

王都を──王城を出るときに初めて顔を合わせたのだが、噂通り女神と見紛うほど綺麗な少女だった。女性に優劣を付けるのはあまり良くないと思いつつ、彼女ほど美しい女性を僕は見たことがなかった。

簡単な自己紹介を終えた後、早速馬車に乗り込んで出発した。

彼女は胸元に手を添えながら物憂げな表情でよく窓の外を眺めていた。その神秘的な横顔を馬車の狭い空間で見続けて、僕の胸の鼓動は高まりを見せる。

けど、今僕の隣にいる彼女はその時の愁いを帯びた顔ではなく、凜とした表情をしていた。

王女の手には、身の丈に迫る長さの杖。先端には拳ほどの大きさをした宝石が埋め込まれている。

単なる飾りではなく、彼女が戦うための武器であった。

「……どうしても付いてくるんですか、アイナ様」

「神殿の内部には王族の血を引く者で無ければ解けない仕組みがいくつもあります。勇者様にもそれは事前に説明したはずです」

王女──アイナ様は毅然と答えた。そこに不安が入り込む余地はなく、力強い言葉が返ってきた。

ただ、僕はそれでも重ねていった。 

「で、ですけど……やっぱり女の子を連れて行くというのはちょっと……」

「私に限らず、国王(ちちうえ)は我ら兄妹達に学問だけではなく武芸も学ばせてきました。決して、足手まといにはなりません」

虚勢を張っている、といった様子はなく淡々と事実を述べているような口調。逆に僕がたじろいでしまう。

「じゃ、じゃぁなるべく僕の前に出ないでください。女の人が傷つくのはあまり見たくありませんから」

「心配には及びません。自分の身は自分で守れます。勇者様はまず己の目の前にあることに集中して頂ければ結構です」

アイナ様と会話をしている、なんだか不思議な気分になってくる。

僕がコレまで接してきた女性は、どうしてか(・・・・・)僕が話すと女の人はみんな口籠もったり、急に顔を赤くしてしまったり俯いてしまう人もいた。会話も途中で途切れ途切れになってしまう事も多かった。

だから、アイナ様の反応は僕の中ではとても新鮮だった。

「勇者様こそ準備はよろしいのですか? 神殿の内部には厄獣(モンスター)が徘徊しています」

「事前に話を聞いてます。この神殿を作った大昔の人が、勇者の素質を確認するために用意した『敵』だと」

僕は腰に収まった剣の柄頭に手を置いた。王様から支給された品で、僕が村で使っていた剣よりも遙かに上等なものだ。他にも、躯の各部を保護する胸当てや籠手も与えられた。

それに、神殿に出てくる『敵』はさほど強くないらしい。侵入者を排除するのではなく、あくまで勇者としての素質を見極めるだけの存在なのだそうだ。

不安は間違いなくある。けれども、コレは僕が真の勇者となるために必要な第一歩なのだ。足踏みをしている暇はない。

「……大丈夫です。行きましょう、アイナ様」

「分かりました。では、勇者様。右手を前に」

勇者としての使命感を胸に、僕はアイナに言われるままに右手を前に出した。すると手の甲に刻まれた聖痕が光と共に熱を帯びた。痣の光に呼応するように、神殿の扉に刻まれていた文様も輝き初め、やがてゆっくりと扉が両側へと開かれた。

この神殿へ足を踏み入れられるのは勇者と王族だけではあったが、正確には勇者しか神殿の扉を開くことが出来ない。つまり、この神殿が開放されるのは魔王の復活が近づき勇者が聖剣を得て、そして返還する時のみ。

だというのに、遙か昔に建造された神殿の内部は清潔感が保たれていた。

「この神殿が建造された時代は、現在よりも遙かに高度な文明が発達していたと記録には残されています。それが具体的にどのような技術であったかは不明ですが、おそらくその技術のおかげでしょう」

物珍しそうにきょろきょろと内部を見渡していたからだろう。神殿の通路を進んでいると、アイナ様が解説してくれた。

「……あまり集中力を散漫にさせないでください。既に勇者様の試練は始まっているのですから」

「すいません。あまりにも不思議な場所でしたから」

アイナ様に咎められて、僕は苦笑しながら謝る。

その時、とうとう敵──厄獣(モンスター)が現れた。

一言で表せば、中身のない全身鎧。鎧の各部を見えない糸で繋いでいるようで、まるで鎧が人の形をして宙に浮いているかのようだ。それが三体、剣や槍と行った武器を携えて現れた。

コレまで故郷の村で厄獣(モンスター)の駆除は行ってきたが、今まで見てきたどの厄獣(モンスター)にも当てはまらない外見だった。

気を取り直す直前に現れた厄獣(モンスター)に僕は驚愕した。咄嗟に剣を抜こうにも躯が言うことを聞かなかった。

「動く鎧(リビングアーマー)。打ち捨てられた城や砦に出現する厄獣(モンスター)です」

謎の鎧の出現で驚き硬直する僕を余所に、アイナ様はどこまでも冷静だった。手元の杖を構えると、その先端を謎の鎧──その一体に向けた。

「火炎(フレア)!」

杖の先端に埋め込まれた宝石が光り輝くと、そこから炎が放たれた。

僕はこの時初めて『魔法』と呼ばれる神秘の秘法を目の当たりにした。存在自体はよく知っていたが、実際にこの目で見るのはコレが初めてだった。

動く鎧(リビングアーマー)は手(正確には籠手)に握っていた剣を振るう暇も無く、アイナ様が放った炎に包まれる。炎が消えると残ったのは焼け焦げた鎧のみ。それも少しするとまるで糸が切れた操り人形のように倒れ、衝撃で鎧のパーツがばらばらになって動かなくなった。

「勇者様! 次が来ます!」

「────ッ!」

アイナ様の叱咤にも近い声に、僕の躯が反応した。腰の鞘から剣を引き抜くと、残った二体の動く鎧(リビングアーマー)へと駆けだした。

最初こそ奇妙な姿に驚きを隠せなかったが、冷静に対処すれば動く鎧(リビングアーマー)は強い敵ではなかった。さほど早くもなく武器を振るう姿もたどたどしい。

もしかしたら、肉体を持っていないから躯や武器を支える力が不足していたのかも知れない。

程なくして残りの二体を倒すことが出来た。鎧の部分を着ることは出来なくとも、関節部分に衝撃を与えるとその部分が動かなくなったり本体から分離する。

そして、人間で言う心臓部や頭部へ攻撃を加えると動きを止め、ばらばらになりながら床へと崩れ落ちていった。

「お疲れ様です、勇者様」

「……あ、ありがとうございます」

動物の形をした厄獣(モンスター)はコレまで何度も駆除してきたが、人の形(一応)をした厄獣(モンスター)を相手にしたのはコレが初めてだ。弱かったとはいえ、倒した後の今でも胸の動悸が逸っていた。

それに対して、アイナ様は落ち着いた様子で動かぬ鎧となったそれらを見据えていた。

「……アイナ様、随分と冷静ですね」

「神殿に入る前に説明したはずです。父上から幼い頃より訓練を課せられていたと。その中には、実際に厄獣(モンスター)の相手をさせられる機会も多くありましたから」

──勇者の僕よりも戦い慣れている王女様とはこれいかに。

若干気落ちしている僕にアイナ様が更に重ねる。

「動く鎧(リビングアーマー)は通常はそこで死んだ者の怨念が取り付き、仮初めの肉体と子動かしているのですが、……おそらくはこの神殿が何かしらの力で動かしているのでしょう。動く鎧(リビングアーマー)を筆頭にした悪霊の類いに通ずる禍々しい魔力は感じられませんでしたから」

「つまり、神殿を作った人たちが用意した敵って事だね」

「この先、似たような厄獣(モンスター)が次々と出現するはずです。ここからが本番。勇者様、気を強く持ってください」

「わ、分かりました」